第27話 やっぱり姉が最強


 歩人が真横に跳躍した。

 倒れ伏した状態からの機敏な跳躍、それも全身に一〇発以上の鉄粒がめり込んだ体でだ。


 まずは自分と眞由美、そして銃口が一直線にならないようにして眞由美の安全を確保、さらにそこから男へ向かって跳び、距離を詰めて一撃で男を葬る。


 それが歩人の作戦だった。


 だが、その姉を気遣った行動が歩人に必勝を失わせる。


 公園まで全力疾走を続け疲労しきったうえに弾丸を撃ち込まれ、最悪の体調だったため、本来の速力を出せなかった事も原因だが、何よりも一度横に跳んでから男に跳びかかると、二つの動作が必要な事が一番の原因だった。


 男は弾の補充を終わらせたモデルガンを構え、連続発砲を繰り返した。


 男へ跳びかかろうとした歩人の肩に、首に、背中に鉄の弾がめりこみ、歩人の体を地に沈めた。


 最初から前へ、男に向かって跳んでいたなら虚を衝き男を倒せただろう。

なのに、姉の身を按じてワンアクションではなく、ツーアクションの作戦を行ったのが、皮肉にも自身を敗北に追い込んだ。


「ッッ!!」


 血を流し倒れ伏す歩人の姿に眞由美は絶句して目を見開いた。


「ははは、やった! やったぞ! あの南城歩人を倒した! この僕が倒したんだ、おっと、もう弾が無いか、でもまだ僕には」


 歓喜の声を上げながら男はモデルガンを捨てると上着のポケットから小さなナイフを取り出して顔を歪めた。


「こいつさえ……こいつさえ殺せば、眞由美さんは僕のモノだ……」


 歩人に近づき、男はナイフを振り上げる…………

 …………この男の運命は決まっていたのかもしれない。


 確かに、歩人がワンアクションで動けば男の負けだったろう、歩人が横に跳んだために男は歩人に倒されずに済んだ。


 だが、歩人がツーアクションの行動を起こそうと、ワンアクションの行動を起こそうとこの男の敗北に揺るぎは無かった。

 

 この男には、歩人がどんな選択肢を選ぼうと、どんなルートを通ろうと、最初からバッドエンドしか用意はされていないのだ。


 何故なら、歩人を痛めつけ、勝利するという事は……


「待ちなさい」


 冷たく、凄味を含んだ声に、男はナイフを振り上げた姿勢のままで回れ右をした。


 そこにいたのは、刃を持った眞由美だった。


 迷い無き眼(まなこ)は我が子を守る猛獣のソレ、放つ迫力は食物連鎖の頂点に立つ絶対的捕食者のソレ。


 眞由美の手に握られているのは少し前にテレビショッピングで紹介されていた有名な品物であり、全長五〇センチ、幅一〇センチ「どんなに硬い食材でも骨ごとストン、まな板ごとストン、そして台所もストンの脅威の切れ味」が売り文句の、その名も《まるごとストン君》である。


 あまりにも切れ味が良すぎたために製造販売が中止になり、購入者は眞由美を含めてわずか数人という貴重なシロモノである。


 お料理サークルに所属しているが故に大学へ持参した愛包丁がまさかこんなところで役に立つとは、眞由美自身も思わなかっただろう。


 そんな、包丁というよりも刀剣に近い物を鞄から取り出し構える姿を見て、男の目には眞由美が天使ではなく、鋭いツメとクチバシを持った巨大な鷹に見えた。


 空の覇者にして最強の猛禽類(もうきんるい)であるソレは鋭いツメを突き立て、射殺さんばかりの眼光で語る。


 お前などいつでも殺せると、生まれてきた事を後悔させてやると……


 それで男は悟った。


 眞由美は天使ではないと、自分なんかが手を出せるような相手ではないと……


 それ以前に、男は本能で感じてしまったのだ。


 無言の脅しではなく、本当に絶命させられると……


 男は自分の握っている矮小な果物ナイフと眞由美の握っている巨大包丁を見比べて、最後に眞由美の眼光をモロに目で受けてからナイフを地に落とし、両手を上げて降伏した。





 その後は眞由美がやっちゃんこと谷木署長に連絡し、その部下がボコボコに顔を腫らした男をパトカーに乗せて刑務所へと連れて行った。


「でも殴るのを顔だけにするなんてあーくん優しい」


 既に体力の大半を回復させた歩人は眞由美に頭を撫でられながら鼻を鳴らし、足元に散らばる男の歯を見下ろした。


「まっ、結局眞由姉には手を出してないからな、俺の個人的恨み分はあれぐらいかなと、でもおかげであいつの汚い血と汗が手についちまったな、ちょっと公園の水で洗ってくるよ」


 水道へ向かうと、歩人の横に並んで眞由美が顔をほころばす。


「ふぅ、それにしても私のピンチに駆けつけてくれたあーくん、カッコよかったよ、今日のあーくんは本当に私のヒーローだね」


「いや、今回のはほとんど眞由姉の独力だと思うけどな」


 まるごとストン君を構える眞由美の姿を思い出しつつ、歩人は冷や汗を流し、水道の蛇口をひねった。


 歩人が手を洗う間も、眞由美は歩人の顔をジッと見つめ、歩人がハンカチで手を拭くと眞由美は体をクネらせ、わざとらしい声で、


「ねえあーくん、いくら好きだからって男の人ってあんな事するんだね、私今日の事で男の人が恐くなったみたい、もう家族以外の男の人と話せないよ」


 歩人が首を傾げてハンカチをしまうと不意に眞由美の腕に抱き寄せられ。


「だから、あーくんが大人になったらお姉ちゃんの事、お嫁にもらってね」


 眩しすぎるほどの笑顔で優しく抱きしめられて、何故か体の痛みが和らいだ気がして、胸が熱くなった気がして、そして夕日の空に、存在を忘れられた家族の男性、父南城(なんじょう)真二(しんじ)に思いを馳せながら歩人はようやく抵抗をした。


「まったく、蓮姉じゃねえんだから、弟で遊ぶなよ!」


 だが引き離された体をもう一度抱き寄せて顔と顔を近づけた。


「あーくん、大好き」


 眞由美と歩人の口が触れ合った。



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