第51話 カオス空間

「みんなー、クッキー焼いたけど食べ……る……?」


 眞由美がリビングに顔を出すと、そこは話の方向性も言っている相手も入り乱れるカオス空間であった。


「だいいち最初から攻略本使ってやる邪道野郎にそんなこと言われたくないんだよ!」

「蓮姉はアッサラームでパフパフでもしてろボケ!」

「究極召喚の触媒にしたら雑魚しかできないようなクセにー!」

「みんななんてFP全部ラクウェルへのイントルードにしか使わないじゃない! ボクなんてあえてラクウェルを回復役に回してラスボス倒したんだからね!」

「ええい腐女子はラダトーム城で一生クラウドとスコールのBLでも描きながらローラ姫と暮らしてろ!」



「みんなー、パパが帰ったよー!」



「テメエもクラ―スみたくなりてえか! 過去編でさんざん頼っておいてチェスターが仲間になるや戦力外通告されて、すずとバトルフィールド外でベストメンバーの陰口だけが生き甲斐の人生にされてーか!」


「テイル○なんていっつも少女漫画みたいな作画しやがって、冒険は勇気と根性の益荒男(ますらお)ストーリーなんだよ!」


「所詮ロリキャラにベストメンバーなんて回ってこないんだ!」


「姉さんなんていつもヘソ出してそれリュックの真似ですか!?」


「バカ野郎、これは赤毛の勇者ルークの証だ!」


 父、真二の登場に気付かずケンカをする子供達に真二はイジけ、ブツブツと何かを言いながら日めくりカレンダーを一枚ずつ剥がしていく。


 数秒後、なずなが蓮華と歩人、眞由美が麻香麻とあずきの顔にアイアンクローをかけて、ようやくロープレ談義は収まった。


「まったくもお、みんなってばシンちゃんが帰ってきても気付かないのは失礼だよ」

「そうそう、お父さん糸目ってこと以外何も特徴無くてただでさえ陰薄いんだから、ちゃんとアンテナ張ってないと駄目だよ」


 なずなと眞由美に言われて、ようやく四人が父真二の方へ向き、少しの間を置いてからポンと手を叩き、


『あっ』


 と言った。


「あっ、って待ってよみんな! もしかしてパパの事忘れてた!? いくら最近帰りが遅くてラノベに例えたらプロローグ以来最終章までずっと出番無かったくらい顔会わせてなかったからって実の父忘れるのは酷いんじゃない!?」


 涙を流しながら子供達に訴える父真二、だが娘三人は流れるように、


「ただでさえ影薄いのにほとんど家にいないんだからしょうがねえだろ?」と蓮華。

「父さんの影が薄いというより母さんが濃いんじゃないでしょうか」と麻香麻。

「だから夫婦で挨拶に言ってもママしか覚えてもらえないんだよ」とあずき。


(父さんが哀れすぎて涙を誘うな、てかなんでラノベに例えるんだ?)と歩人が思う。


 娘達の辛辣な言葉に落ち込む父から目を母に向けて、歩人は嘆息を漏らす。


(まっ、母さんが濃すぎるのは事実か……)


 赤毛。

 ウエーブヘアー。

 メガネ。

 八重歯。

 泣き黒子(ほくろ)。

 大人っぽい顔だが幼い笑顔。

 巨乳。

 舌っ足らずな話し方。


(ったく、本当にどんだけ……)


「コホッ!」


 なずなが咳き込んだ瞬間、なずなの目から何かが落ちた。

 が、なずはそれを床に落ちる前に拾い上げて右目に入れた。

 その間、なずなの瞳が黒ではなく赤だったのはきっと見る角度のせいだと自分に言い聞かせる。


(母さんマジで何モンだよ、じゃなくて今のは角度のせい、じゃなかったら光の屈折だ)


 妻のなずなに慰められ始めた父真二にさらなる哀れみの眼を向けてから、歩人はふと、もう一人の家族が気になった。

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