第10話 弟 始動
次の日の放課後も、歩人は桜を説得する事は叶わなかった。
昼休みも昨日と同じく、桜は山岡と弁当を食べ、帰りも山岡と街に寄ってから帰ると言われた。
今日もダメかと諦め、昨日と同じく帰宅するはずだった。
いつも通りに、いや、桜のいない状態で廊下を歩き、トイレの前を通り過ぎる時だった。
彼の耳を「山岡」という単語が襲った。
「……」
歩人は男子トイレの前で携帯電話をいじるフリをして立ち止まると感覚を研ぎ澄まし、トイレの中の会話に集中した。
音から察するに相手は二人、丁度出入り口の近くの水道で手を洗いながら会話しているらしかった。
「でよう、山岡の奴がまた新しいトモダチ作ったんだってよ」
「金ヅル(トモダチ)ねえ、今度の商品(トモダチ)はいくらで売る気だあいつ?」
「知らねえけど、一度でいいから俺もヤリてえー!」
「無理無理、どっかのグループに入らねえと回ってこねえし、おれらじゃ上納金稼ぐ事もできねえしな」
「でも前の女の時こっそり窓から覗いたけど顔もスタイルも結構良い感じでよう、今回の女だってきっと……」
ベギリッ
木製のモノが壊れる音に一人が振り向き、彼の表情の変化にもう一人も振り向く。
「どした?」
するとその男子の顔が凍りつき、二人揃ってその場にハンカチを落とした。
夜の八時、一本の路地を山岡と桜は並んで夜風に吹かれながら歩いていた。
今まで遊んでいたカラオケとゲームセンターのある表通りからはずれると、人の通りが急に減り、道を照らしてくれる街灯も急に頼りなく見えてくる。
桜は山岡の後を追うようにして足を進めるが、チラリと時計と見て表情を曇らせる。
「ねえ山岡さん、あたしそろそろ帰らないと……」
「桜、あんた何言ってんの?」
くるりと振り返って、山岡は顔をしかめた。
「あんたもう高校生でしょ、八時に帰るとかありえないから」
「ううん、でも……」
「もしかしてあんたさあ、親の言う事はなんでも聞いちゃう系?」
詰め寄る山岡に、桜は息を呑んでから、
「わ、わりとそうかも」
と答える。
「ダメだなあ、いーい桜? 親の言う事をホイホイ聞いてんのは小学生、ガキのやる事よ、あんたもう高校生でしょ? それともあんたそうやって死ぬまで親のいいなりになる気なの?」
「別に、言いなりってわけじゃないけど……」
うつむく桜の姿に山岡は顔を離し、頭を掻いた。
「んー、桜さー、今まで友達いなかったって言ってたけど、それ絶対家族のせいだね」
「えっ?」
驚いて顔を上げる桜を見て、山岡は心の中でニヤリと笑う。
「だってそうでしょ? いっつも兄弟とばぁっか遊んで親のいいなりになって、そんなんで家の外の人との繋がりができるわけないじゃん」
「それは……」
またうつむき、両手の指を絡ませる桜、そこでまた山岡は心の中で「あと一歩」と笑い、そっと近づくと桜の手を握った。
「安心しろって、これからはあたしがあんたに高校生らしい生活教えてやるからさ、友達だろ?」
友達という単語に桜の心が揺れた。
それは同時に、この山岡という外道の策謀が完遂された瞬間でもあった。
「そ、そうだよね、あたし達友達だもんね、うん、じゃあ今日は遊んじゃおうか……」
相手の気を悪くさせないよう必至に笑う桜の目と山岡の汚れた視線が交わり、山岡は振り向く。
「じゃあ早く行くよ、あっちであたしの友達が待ってるんだ、あんたのこと紹介してやるよ」
「うん」
と、無邪気に首を縦に振る桜の足が山岡の背中を追って動く。
いつも側にいた。
いつも一緒にいた弟も、姉もいない今、世間を知らぬ彼女を止める者はいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます