第31話 浴衣
午後5時手前。
高橋との待ち合わせである駅で待っていた。
個人的には現地集合したかったが、高橋が一緒に行きたいというので了承した。
祭り会場で落ち合うのも一苦労だろうとも思ったのでそれはそれで問題ない。
問題があるとすれば祭り自体。
水族館の時はピークを避けることに成功したので問題なかったが、祭りはどうやっても無理だ。
に、人間さんが多すぎるよぅ。
俺と高橋以外の半径5メートルに雨降ってくんないかな……
いや待て、俺らのことだけ降らなかったら逆に人集まってくる説あるなこれ。
どうやっても詰んでるな。
「吉村! おまたせ!!」
「おう高橋」
浴衣を着た高橋。
淡い水色に水玉の柄に黄色の帯だが、高橋が着ると落ち着いてみえる。
長い黒髪をお団子にしており、うなじが強調されている。
「ごめんね。お母さんが着付けしてくれて時間かかっちゃった」
「全然問題ない」
高橋ママングッジョブ。
「……似合ってる、かな?」
巾着袋の紐をいじりつつモジモジしながらチラチラと上目遣いで聞いてきた高橋。
「……よく、似合ってる」
直視できない。
肌を露出しているわけでもないのに、どうしてこうも直視できないのか。
揺れる胸も浴衣でわからない。
みずみずしい肌も晒しているわけじゃない。
股下の細い脚が見えるわけでもない。
ただ上目遣いで落ち着かなそうに俺を見ながら髪を耳に掛けるしぐさがどうしてかエロい。
「……ありがと」
お互いに下を向いてからぎこちなく笑った。
「行くか」
「あ、うん」
本当にぎこちない。
互いが互いの反応を気にしてモジモジとしているこの空気感がもどかしい。
電話越しにからかったりできたのに、面と向かっていると不意にこうして気恥しいくなる。
「高橋」
よちよちと歩く高橋を見て俺は手を出していた。
慣れない浴衣と下駄。
高橋が転んでしまったりしてしまうのは良くない。
「……えへへ」
高橋は俺の差し出した手を見て微笑み、それから照れた顔で手を取った。
一条に言われた事を少し思い出していた。
水着を着るのも覚悟と努力がいる。
浴衣だってきっと慣れないし落ち着かないのだろう。
すり足や狭い足運びを少し見ればぎこちなさはわかる。
「あはは。やっぱり慣れないと難しいね」
「俺も一緒に歩くから」
「うん!」
いつも隣で歩いている時よりもゆっくりな高橋。
一歩一歩を進む高橋を隣で見て歩くのは不思議な気持ちになった。
電車に乗って、あれ食べたいとか射的やってみたいとかをまだ会場に着いてもいないのにふたりで話した。
「えななんと一条さん、もう会場に居るんだって。回ってるみたい」
「一条、すごい顔してるな」
浴衣でイカ焼きを頬張っている一条は初めて食べたのか、目を丸くして味わっている写メを高橋に送ってきていた。
一条からは焼きそばを口いっぱいにしている浴衣姿の川崎の写メが送られてきて、それを見てふたりで笑った。
電車を降りて会場に歩く。
時刻は午後6時手前。
陽の落ち始めた空はオレンジと青の境界線が曖昧になってきている。
街にはお祭りへと向かう人々の姿も同様に見える。
手を繋いだまま会場に着いて一度川崎たちと合流する事になった。
「えななーん! 一条さーん!」
手を振る高橋の袖が犬のしっぽのように遊んでいる。
「おう!みなもっちゃん。吉村」
「こんにちは。高橋さん、吉村さん」
「おう」
はしゃぐ川崎。上品な一条。
一条は浴衣を着慣れているように見えた。
俺ら一般人より何かしら浴衣や着物を着る機会があるのだろう。
ひとしきり女子陣は騒ぎ、どう行動するかの話になった。
「どうされます? ご一緒に回りますか?」
一条は川崎の腕を掴んで豊満な胸を押し当てながら言った。
ふたりっきりにしてくれって思いっきり訴えてますやん。
「せっかくだし、2人で回ったら?」
川崎にもそう言われたので、そのまま別れて回る事になった。
花火が最後にあるので、花火はみんなで観て解散しようという話になった。
「とりあえず、なんか食うか」
「そだね」
「焼きそば食べたいな」
屋台で食べ物をいくつか買って食べていると、不意にスマホが短く震えた。
一条からのメッセージだった。
一条叶葉
『浴衣や着物用のショーツを履いているとは思いますけど、あまり高橋さんのお尻を凝視したりはしないで下さいね』
「げほっ」
「大丈夫吉村? お水いる?」
「……ああ、悪い。助かる」
なぜ急に高橋のお尻の話になるんだよ……
吉村美緑
『なんで急にその話になるんだよ? 俺、高橋のお尻とか見てたか?』
一条叶葉
『いえ。ただ、浴衣や着物はラインが出やすいので、人によってはTバックなど履いている方もいらっしゃいますから』
……高橋が、Tバック。
「あ、吉村見て! あそこの屋台、可愛いTシャツ売ってる〜」
「……「祭り!!」って書いてあるな。シュールだな」
一条叶葉
『
何がグッジョブだよ。
慣れない絵文字なんて使いやがって……
思春期男子をからかわないでもらってよろしいですかお嬢様?
「吉村、あーん」
高橋さんの追撃。
なんだみんなして俺を殺す気か。
イカ焼きを咀嚼していたが、どうしても高橋が今どんな下着を履いているのか考えてしまい、あまり味はわからなかった。
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