第2話 ガンガンいこうぜ!な高橋
金髪ギャルから黒髪ロングの清楚系に様変わりした高橋。
登校して来てから、ちょいちょい視線を感じる。
授業中、移動教室、ふとした時の一瞬。
「……」
高橋を視線から外すように窓越しの外を見た。
高橋の好意は正直に言えば嬉しいといえば嬉しい。
さらにいえば外見は好みに随分と近い。
だけど、俺と高橋ではスクールカーストが違いすぎる。
関わらないようにしていたのは、それだけ住む世界が違うからだ。
「じゃあ今日はここまで〜」
先生がそう言うと同時に午前中の授業の終わりを告げる鐘が鳴った。
俺はパンを持って職員室から鍵を取って放送室へと歩いた。
途中に自販機でジュースを買って人気の少ない放送室への廊下。
コの字型の校舎、生徒のクラスとは反対方向の1番上の角が放送室であり、1人で飯を食いつつ好きな曲を掛けられる特権である放送部は俺にとって都合がいい。
「ね、ねぇ吉村! どこ行くの?」
「……べつに」
やりづらい。
務めて平静を装っている高橋だけど、緊張しているのがわかる。
それがわかるからよりこっちも緊張する。
「吉村、一緒にお昼、食べたいんだけど……いい?」
「……」
黒髪ロングになってからは制服を着崩す事もせずにきっちりしている。
後ろ手にお弁当を持っていて廊下と俺の顔を行ったり来たりする上目遣い。
なまじ顔がいいだけに直視できない。
「友達と食べないのかよ」
「うん。……吉村と食べたいから」
どうしてこうもぐいぐい来れるのか。
こっちは困り果てて狼狽えているんだ。
ただでさえ、黒髪ロングになって初恋の人に似ているというのに。
「……これから放送室で俺は1人で食べる。来たいなら好きにしろ」
「ほんとに?! ありがとっ」
嬉しそうにはにかむ高橋。
嬉しいけど、嬉しくない。
にこにこしながら付いてくる高橋。
「でもよかったのか?」
「なにが?」
「いつも友達と食べてるんじゃないのか?」
放送部の活動がなくて教室で食べている時に見た高橋は同じ上位カーストの奴らとつるんで食べていたはず。
「たまにはね」
よくない流れが始まってしまった。
仕方ない。ちゃんと話さないといけないか。
放送室に着いて中に入った。
「適当に座って食べててくれ」
「うん」
パンを適当に机に置いて曲を流す。
放送室は実質俺ともう1人の部員(先輩)の私物であるCDがある。
俺はそこからお気に入りのバンドのアルバムを掛けた。
最上階の窓からはグラウンドが見えて、既に走り回っている生徒がいた。
飯食ってよく走れるな。
「いいね、ここ。秘密基地みたい」
「……秘密基地かは知らんけど、部室みたいな扱いではあるな」
「ギターもあるじゃん」
「あんまり触るなよ。先輩のだから」
アコースティックギターを持ち込んでよくここで弾いているらしい先輩。
小柄な先輩には少し大きいようにも感じるアコギ。
「吉村って、お昼はそれだけ?」
「ああ。食べ過ぎると眠いし」
ぎこちなくも話しかけてくる高橋。
どう接していいかわからん。
気まづい空気は音楽に紛れているから助かるけど、チラチラと高橋の目線が気になってしょうがない。
「ねぇ吉村」
「……なに?」
高橋は長い黒髪を手で梳いてモジモジしながらこちらを見ている。
「そ、その、どうかな?」
「……いやまあ、いいんじゃ、ないか……」
「ほんとにっ?!」
「近い近い近い」
近いですほんとに。
俺はどうしたものかと頭を掻いた。
「……俺が『金髪ギャルは怖い』って言ったからそうしたんだろ?」
「うん」
「そこまでしてくれたのは有難いけどさ……」
俺は高橋を直視できなくて窓の外を見ながら続けた。
「それでも、付き合ったりはちょっと……」
「か、彼女とか居たり、する?」
「いや、いない。けど」
「お試しでもダメ?」
お試しで付き合うという概念は理解できない。
そもそも俺がそんな立場でいられるなんて思ってない。
陰キャで底辺なクセに、クラスの美人ギャルとお試し交際とか無いだろ。
「……お試しで高橋と付き合うってのはな」
「吉村は、わたしの事、嫌い?」
俺の手を取りまじまじと見つめながら問い掛ける高橋。
「いや……」
「じ、じゃあ好き?」
潤んだ瞳の近さを直視できない。
ほんのりと聞こえる息遣いが俺の冷静さを奪っていく。
「……好きも嫌いもなにも、そこまでそもそもよく知らない、から」
「なら、わたしの事、知ってほしい。わたしも吉村の事知りたい。だから付き合ってほしい。嫌いだなって思ったらフッてくれていいから」
真剣な眼差しが辛い。
ここまで人から好意を素直に愚直に伝えられた事はない。
俺みたいな奴は高橋に好きになられるような奴じゃない。
それを伝えようと思った。
けど、高橋は俺が助けたから今こうしてここにいる。
自分が悪いのだ。自分のせいでこうなった。
「……わかった」
「それって……」
「ただしお試しだ」
お試しなんて失礼だ。
でも、予防線として必要だ。
「まずルールとして、学校で俺と極力関わらない事」
カースト上位と底辺。
面倒事になるのは避けられないかもしれない。
目立つのはごめんだ。
「俺と付き合っている事を誰かに言うのも禁止」
「……なんで?」
「それで困るのは俺も高橋もだし、周りの空気も変わるからだ」
「困るの?」
……こいつ、無自覚系のカースト上位か。
恵まれたやつだな。
「困る。場合によっては俺は不登校になる」
「なんで?!」
「あとは、高橋はなるべく友達優先にしろ」
「……どゆこと?」
「今がそうだ。友達置いて俺の所に来た。これはよくない」
そう言うと高橋は下を向いた。
高橋の友達が良いやつかどうかは知らん。
できれば関わりたくない。
だけど、面倒事が起きてクラスでハブられるのは高橋だ。
酔っ払いの客から守った挙句にクラスでハブられる事態になったら目も当てられない。
「以上2つ、学校では関わらない事と、友達優先。これを守れるなら、宜しく」
俺は手を出して握手を求めた。
ムードの欠片もなくて申し訳ないけど、厨二を引きずったままだからしょうがない。
「……」
高橋は少し考えてから、俺の手を握った。
両手で包み込んで見つめてきた。
「わかった」
「商談成立」
「……商談?」
顔をしかめて理解出来ていない表情をする高橋。
その仕草を不意に可愛いと思ってしまったけど絶対言わない。
映画や漫画の影響を受け過ぎだなと反省した。
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