第29話 E'z好き

「それではこれにて放送部合宿は終わりです。お忘れ物のないようお願い致します」


 川崎の朝の弾き語りを聞いた後はご飯を食べて身支度をして今は車に乗る手前。

 時刻は昼過ぎ。


 2泊3日の合宿。

 思いのほか早かった。


 なんとなくで一条が部長みたいなポジションになっているが、適任なのでそのまま進行を任せた。


「吉村君、先生を置いて寝ないで下さいね? 永眠になりかねないですから」

「はいはい」


 合宿初日の行きでこの事は想定していたので一条に言って別荘を出発する時間を早めてもらってある。

 本来は夕方までの予定だったけどな。


 夕方の帰宅ラッシュに巻き込まれて事故る可能性があった。


 みんな持ち物を再度確認して車に乗り込む。

 行きの時と並びは同じ。


「それでは出発です」


 別荘を出発し、後ろは再び騒がしくなった。

 糸崎先生は行きの時よりは多少気が楽になってはいるみたいだが、それでも危なっかしい。


 ナビとして先生のフォローに追われていると、次第に後ろは静かになった。

 ようやく家路も先生の知っているルートを通り始めて一息つけたところだった。


「吉村君は今回の合宿、どうだった?」


 糸崎先生は落ち着いた表情で聞いてきた。


「思いのほか楽しかったっすよ」

「意外に素直な言葉」

「まあ、辻川にはバラされましたけど」

「先生もびっくりした!」


 しかし俺の怪談で高橋が抱き着いてしまったのも事実だし、一概に辻川を責めることはできない。

 結局俺しか怪談は話してない訳だし。


「正直、吉村君しか男子生徒は居ないからちゃんと楽しめるか不安でした」

「そうっすね。最初はとくにそうでしたね」


 普通の男子生徒ならクラスメイトの水着だヒャッハー!! とか思ったりもするのだろうが、高橋の水着姿を直視できない俺にはハードルが高すぎる。


「高橋と付き合ってなかったら、きっと俺はここに来てないなって思いました。知らない場所に行って遊んだりとか普段全く興味なんてなかったですし」

「吉村君は、前より少しだけ明るくなりましたからね」


 糸崎先生は前を向いたまま微笑んだ。


「それは俺も少し自覚してます」

「青春だねぇ〜」

「先生、ロリなのにそのセリフはなんかおばさん臭いから止めた方がいいっすよ」

「吉村君酷い! 先生まだ23ですよ! まだお嫁さんにもなってないのに!!」


 俺は忠告しただけだ。悪くない。

 このまま恥を晒してしまうより、ここでいっそ教えてあげた方がいいという俺の慈悲深い善行になんたる言い草か。


「でも思ってしまうんですよね。青春してるなぁって」

「……歳とると涙脆くなる、とかいう現象と同じやつですか?」

「そう。そうなの。悲恋ものとか特に泣けるの〜」


 23でそうなら大人って大変だな。


「吉村君もいつか、そう思うわ。高橋さんとの関係が続く・続かないにしてもね」

「……通過儀礼ってことっすか?」

「人によってはって話です。先生個人としては、やっぱり高校の頃からお付き合いして結婚、とかロマンチックで好きですよ?」


 ハンドルはかろうじて握りながらロマンチックな展開やシチュエーションを話し始めた糸崎先生。


 なんだろう、なんか、このまま先生は独身になってしまう未来を見てしまった気がする。


「まあでも、実際どうなんですかね。俺はそもそも人付き合い自体苦手だし、高橋とだって今は手探りですし」

「学生のうちにしっかり悩んでおくといいですよ。……大人になると学歴だの家柄だののしがらみとか適齢期とかでがんじ絡めになっちゃい、ますから……」

「先生、前見て前」


 運転中に俯かないでもらっていいですかね。

 うっかり死にますよマジで。


「でもまだ先生は23なんでしょ? 大丈夫じゃないんですか? 公務員なわけですし」


 高校教師なら転勤とかで出会いもあるだろうし、場合によっては元教え子と結婚、なんて先生も見たことはある。


「……23で恋愛経験ない先生にはむりです」

「……白馬の王子様、来るといいっすね……」

「その白馬の王子様は高確率でロリコンです」

「先生、自分で言っちゃだめな気がしますよ……」

「40代以上の人からはよく声は掛けられますけどね……今でもあのおぞましい目はトラウマです」


 先生も、色々苦労してるんだな……

 歳の近い人からはロリコン疑惑を掛けられたくないとか、そういう可能性でもあるのだろうか。


 逆に持て余してるオジサンが寄ってくる。


「幼馴染とか居ないんですか? 外見気にしないでいてくれる人とか」


 不意になんで俺は先生の話をまじめに聞いているんだろうかと思った。


 人付き合い苦手、高橋以外の交際経験なしの俺がなぜ?


 しかし車内で起きているのは俺と先生だけ。

 仕方ないのか……


「……居ましたけど、結婚しましたね」


 先生がどこか遠い所を見ながら虚ろな目をして運転している。


 事故るか、見知らぬ場所に連れていかれそうな気がする。

 樹海とかマジで勘弁だぞ。


「お、お見合いはどうすっか? 家柄のそこそこいい歳の近い人探して、とか」


 地雷踏んで焦る俺。

 少ない知恵をなぜか懸命に俺は振り絞っている。


「もしくは友達にお願いして合コン」

「合コンはちょっと……」


 合コンにもいい思い出は無いご様子。


「なら教え子に今のうちに唾つけとくとか」

「……不純です」


 普段は先生をロリネタでからかうくらいしかコミュニケーション取ってないからこっからどうすればいい?


 ……助手席に座っていなければ眠って誤魔化せたのに。


「E'z、E'z好きと友達になってそっから、とか。同じ趣味なら楽でしょ? 地域のファンの集まりとかあるかもっすよ?」

「……E'zファンなら……」

「一緒にLIVE行って盛り上がったりとかできるじゃないっすか」


 E'zは人生。

 E'zをきっかけにして出会い、そして結婚。


 うむ。先生にはそれがふさわしい。

 というかそういう事にして落ち着きたい。


「それにほら、先生くらいの歳のファンは世代的に少ないから絞りやすい」

「確かに、そういう考え方もありますよね……」


 先生の表情が少しずつ明るくなってきてる気がする。

 よし、行ける。


 今日は俺を褒めてやりたい。

 帰りにチョミントアイスを買ってあげよう俺。


「E'z好きは確かにいいですね。吉村君ともそうでしたし」

「びっくりしましたけどね。登校中にいきなり駆け寄ってきてE'zのストラップをガン見してきて」

「だって〜赴任してきて心細かったんです先生。だからE'z好き見つけて嬉しくてつい……」


 俺が付けていたのはファンクラブ会員特典の物。

 10代で持っているのは珍しい部類に入るだろう。


「もしも困ったら」

「『宮本に相談』?」

「流石先生」

「でもそしたら冷やかされちゃいますね」


 そうして2人で笑った。

 E'zを知ってる人にしか伝わらないネタで笑っていると、学校が見えてきた。


 先生も前向きになれたようなので安心。

 E'zは偉大である。




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