第32話 甲斐性なし

 とりあえず惣菜系の食べ物は食べ終わり、かき氷が食べたいという事でまたふたりで歩いた。


 前を歩く高橋。

 一条のせいでやたらと高橋の尻に目がいってしまう。


 引き締まっており、曲線美という言葉が合う後ろ姿。


 不意に姉ちゃんが「浴衣は下着のラインが出ると台無しになっちゃうのよね〜」と何時ぞやかに言っていた事を思い出した。


「……りんご飴もある。でもかき氷も食べたい……」


 屋台を見て目線を行ったり来たりと忙しい高橋。


「両方買えばいいんじゃないか?」

「食べ過ぎちゃったし、両方はなぁ……」

「じゃあ俺はかき氷買うから、高橋はりんご飴。食べたいなら味見すればいい」

「じゃあそれで!」


 ニッコニコで屋台へ向かう高橋。

 俺もかき氷を買った。

 ……チョコミント味というかき氷があり、買ってしまった。


 まさか幻のチョコミントかき氷がこんな祭りで売っているとは……


 実際問題、美味いのかはわからん。

 俺自身、チョコミントアイスはミントの爽やかな清涼感と甘み、そしてビターなチョコのパリパリ感がマッチした至高のスイーツだと思っているわけである。


 だがしかし、買ってみたチョコミントかき氷はミント色のふわふわ氷。

 散りばめられた羽のように薄いチョコ。

 そしてシロップとしてふんだんに掛けられたチョコソース。


 問題はミント氷なのである。


 しかし、屋台の値段表でこのかき氷だけ他より700円も高い(普通のやつは300円)このチョコミントかき氷。


 俺は高橋のお尻を頭の隅に無理やり追いやってチョコミントかき氷の味を想像した。


「わっ! なにそれ!!」

「……チョコミントかき氷」

「初めて見たぁ!」

「俺もだ」


 味見させると言ってしまったのにチョコミントかき氷を買ってしまったのは申し訳ないと思いつつ、高橋は思ったより興味津々。


 チョコミン党ではない一般人なら苦虫を噛み潰したような顔をするのだが、高橋はスマホを取り出して写真を撮りまくっている。


「とりあえずさっきの所で座って食べよ!」

「おう」


 高橋はりんご飴、俺はかき氷を持って歩く。


「チョコミントかき氷って、どこの祭りでも売ってるのかな?」

「……たぶん売ってないんじゃないか? 屋台のおじちゃん、わざわざミント氷のブロック取り出して削ってたし」


 この手の祭りでは基本的に楽して作れるものに特化してる。


 焼き鳥とかイカ焼きとかは仕込みしてあった物をその場で焼いて匂いで釣ってラッピングして販売。


 焼きそばも大量に下ごしらえしてある野菜とか鉄板で焼いただけだし、手のかかる事は基本的にしないだろう。


 わざわざチョコミントかき氷を売るというのは、おそらく自信があるかき氷か個人的にチョコミントアイスが好きな人ぐらいだろう。


 ミント氷仕込んでも、チョコミントかき氷単体が売れなければ意味が無い。

 普通のかき氷ならベースの氷は同じでシロップ変えるだけでいいから手間が掛からない。


「お、吉村、吉村の妹ちゃんにも写メ送っていい?」

「お、おう。……いつの間に連絡先知ったんだ?」

「この間バイト終わりにばったりと!」


 ……という事は、もう色々と筒抜けなわけである。

 いやまあ今までも白状させられているから今更だが。


 とりあえずふたりでさっき焼きそばなどを食べていた所に座った。

 さっき高橋は向かいに座っていたが、今度は隣にいる。


 ぴったりと肩を寄せてりんご飴を舐める高橋。


「高橋、食べるか?」

「食べる!」


 そう言って小さい口を開けて待機している高橋。

 やっぱりそうですよね。はい。わかってました。


 俺はチョコミントかき氷を掬って高橋の口に入れた。


「んん〜! 美味しい!」


 そうして俺も食べてみた。

 ふわふわのミント氷。

 ミント特有の清涼感と甘み、ふわふわな氷の舌触り。ビターなチョコソースとチョコチップのキレのある甘みとパリパリ感。


 しっかりとチョコミントであり、口どけ感に至ってはチョコミントアイスを超えている。


「美味いな」

「美味しいね!」

「冒険した甲斐かいがあった」

「ちなみにこれいくらしたの?」

「1000円」

「高っ! でもチョコミン党としては、満足いく味だね」

「ああ」

「吉村、もう1口!」

「はいよ」

「んん〜♪ 美味し〜」


 りんご飴を舐めながら左右に揺れる高橋。

 楽しそうにしている高橋を見ていると、俺も和んだ。


 来てよかったと思える。


 お菓子を食べ終えて、それからはふたりで射的などゲーム系の屋台を見て回った。


 高橋に引っ張られるようにしてあちこち回っている今の状況が不思議だ。


 これも高橋と一緒にいるからだろうか。

 また少しずつ、高橋と居てなにかが俺の中で変わっていく。


「そろそろ花火の時間も近いね」

「そうだな」


 高橋は川崎たちに連絡を入れ、すぐに合流できた。

 川崎はこの辺りは元々地元らしく、花火を見るいい場所を知っているとの事で移動した。


 少し歩いた所の木々に覆われた所。

 祭り会場や街を一望できるいい場所だった。


 周りには誰もいない。


「いい景色ですわね」


 街や祭りの明かりの煌めく景色。


「ここに来るのも1年ぶり」


 川崎は自慢げに笑いながら景色を観ていた。

 確かにいい景色だ。


「始まるね」


 高橋がそう言うと、夜空に花火が打ち上がった。

 近くに感じられるような花火は、手を伸ばしたら届くのではないかと思えた。


 隣にいた高橋が指を絡ませて手を繋いできた。

 俺も握り返したまま花火を観ていた。


 わずかに当たる高橋の肩。


 川崎たちが居なかったら、俺はどうなっていたかと思った。


 こんなにも近くに高橋がいて、花火を観て……


 歩いている道中、川崎がやっぱりふたりで見てきたら? という言葉に理由を付けて一緒に来させたのは俺だ。


 理由は色々あった。


 高橋にとって、できるだけ友達との思い出としても共有してほしいと思っていた。


 それならそもそも4人でずっと行動していれば良かったじゃん、とも思うが、俺のただの言い訳だ。


 一条に合宿で言われた「甲斐性なし」

 その言葉が頭に響く。


 全くその通り。


 今の俺には、高橋の手を握って傍に居るだけで精一杯の背伸びだ。


「吉村、綺麗だね」

「……ああ」


 微笑みかけてくれる高橋。

 俺は少しだけ、高橋の手を強く握った。


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