第33話 約束
帰りの電車に乗る頃にはもう21時を過ぎていた。
花火を観て川崎たちとは解散しそのまま家路へと向かい、わりと空いている電車でふたり、祭りの余韻に浸りながらただ窓の景色を眺める。
高橋と花火を観るまで、べつに花火が綺麗だと思うことはなかった。
色は確かに綺麗だ。でもそれだけ。
この一瞬の為だけにいくら掛けてんのかなぁとか、体に轟く音が染み付いて、思い出した時に無音の中で響くだけ。
感動を覚えたことはなかった。
「楽しかったね」
「ああ」
高橋が俺の肩にもたれかかりながらそう言った。
同意する言葉に嘘はなかった。
素直にそう思った。
少しすると高橋はもたれかかったままウトウトしだした。
船を漕ぐようにこっくりこっくりとうなじを見せてくる高橋。
「寝てていいぞ」
「……うん」
もたれかかっている方の俺の腕に抱き着いて眠る高橋。
バイトや宿題で疲れもそこそこ溜まっていただろうし、祭りでははしゃいでたからな。
すぐに寝息を立てている高橋からは体温を感じた。
絡められた指は眠っていてもしっかりと握られている。
細くて繊細な手。
コンビニであのおっさんに絡まれた時、どれだけ怖かったのだろうか。
手を握りしめて必死に謝っていた金髪の頃の高橋。
震えていたあの頃とは違い、今は俺と手を握っている。
無防備に寄りかかられている事が、こんなにも心地いいものなのかと思った。
「次は〜〜〜」
威圧感のないアナウンスと共に電車が止まり、反動で高橋がそのまま体制を崩して俺の太ももに頭を預けた。
「……これでも眠ってられるのか。たくましいな」
膝枕状態のまま気持ち良さそうに眠り続ける高橋。
うなじや肩が艶めかしく感じて、ただひたすら窓の外の景色を眺めた。
幸いそこまではだけている訳では無い。
乗客も少ないしもう少し、このままでいい。
俺も少しだけ目を閉じた。
☆☆☆
「ごめんね。寝ちゃって」
「いや、大丈夫だ」
うっかり俺もウトウトしてしまったが、しっかりと家の最寄り駅まで来れた。
「吉村、アイス買ってかない?」
「いいな。買うか」
もちろんチョコミントアイス一択。
高橋も結局同じものを買い、いつもの公園のベンチに座って食べ始めた。
「目が覚める〜」
「スースーするもんな」
「する〜」
アイスを食べている高橋が不意に足をバタバタさせて顔をしかめている。
「……ぉぅ……うぅぅ」
「くっくっくっ……た、高橋、大丈夫、か? ……ふふふっ」
キーンとしてしまったのだろう。
その顔を見て笑ってしまった。
「だ、だいじょぶ……」
「そ、そう、か……ぷっ……」
「よ、吉村〜笑いすぎ……」
「いやすまん。面白くてな……いい顔して、たぞ?」
高橋が俺の腕に頭突きしてきた。
高橋さん、ご立腹の様子です。
「……寝顔見られたのより恥ずかしい……」
「写真撮っておけばよかったな」
「絶っ対ダメっ! 恥ずか死ぬ……」
顔を両手で隠しているけど、耳が赤いですよ高橋さん。
「お嫁にいけない……」
「高橋、食うか?」
「吉村、またさっきの顔させようとしてるでしょ?」
「い、いえ、そのような事は決して……ある」
「いじわるー」
「今日一いい顔だったぞ、高橋」
「吉村は変な顔フェチなわけですね。わかりましたよー」
「変な顔フェチって初めて聞いたな」
高橋をからかいつつもアイスは食べ終わった。
面白かった故か、味わっていないが仕方ない。
「高橋、送るわ」
「大丈夫だよ。すぐそこなんだし」
「浴衣と下駄じゃ、もしもの時走れないだろ?」
「……じゃあお願い」
立ち上がって自然と手を伸ばしてくる高橋。
その手を俺も握り返したが、その仕草に違和感がなくなりつつある自分に地味に驚いた。
「今日は楽しかった〜」
「楽しかったな。俺も浴衣とか着ればよかったかもな」
「じゃあ来年また行こ? 今度は吉村も浴衣で」
「そうだな。来年な」
「約束♪」
「ああ。約束」
繋いでいた手を一度解いて小指を絡めてそのまま歩く。
「ありがとね。吉村」
「おう」
すぐに高橋の家に着いて、その小指も解いた。
「じゃあ、おやすみっ」
「おやすみ」
そうして俺も家に帰った。
「楽しかったな」
ため息を付くみたいにして、ただそう呟いた。
1年先の予定を入れられたのは初めてだ。
楽しかったし、楽しみだと思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます