第39話 近づく夏の終わり

 実姉夜這い騒動から翌日。


 俺は高橋と食事をしていた。

 夕方からはこの夏最後の川崎たちバンドのLIVEがあり、せっかくだから食事したいとの高橋からの提案だった。


「んふー! 美味しい!」


 すでにデザートであるチーズケーキを頬張っている高橋。


 俺もシナモンの香るアップルパイを食べていた。

 珈琲も美味しく、穏やかな時間。


「じー……」


 高橋が俺のアップルパイを物欲しそうに見つめてくる。


「食べ」「食べる!」「あ、はい」


 食い気味で答えてきたので1口あげて、俺も1口貰うといういつもの流れ。


 不思議なもので「あ〜ん」という歯の浮きそうなくだりも慣れてきた。

 まあ、客が比較的少ないこの時間だからというのもあるが。


「そいえば、美香ちゃんは宿題終わった?」


 高橋が紅茶を飲んでほっと一息ついて聞いてきた。

 いちいち幸せそうな顔をするよな。いやほんとに。


「食事会の翌日にみっちりと」

「さすがお兄ちゃん♪」


 なんだろう、高橋に「お兄ちゃん」って呼ばれてときめいた自分がいる。


 こ、これが本来の「お兄ちゃん」呼びなのか……


「高橋はもう全部終わったのか?」

「ばっちり! 吉村のおかげで数学どうにかなったし」

「それはよかった」

「その説はどうもありがとうございましたでございます」

「急なおばあちゃんコントだな」


 口をすぼめて目を線のように細めてゆっくりと丁寧に礼を言う高橋。


「美録じいさん、おやつはさっき食べたでしょぉ」

「おや、そうだったかのぅ」


 しょうもないコントをしてふたりして見合わせて笑った。

 本当にしょうもない。

 でもこういう空気感は心地いい。


 デートと聞くと、もう少しかしこまった事をしないといけないとばかり思っていたが、こういう方が気が楽だ。


 ドギマギする事は多々あるが、基本的に穏やかだ。


「そういえば二学期っていうと学園祭だよな」

「そーだね。楽しみ」

「学園祭って何するんだ?」

「何って……出し物って事? まだ決めてないと思うけど」

「いや、なんていうか、漠然と祭り! ……みたいな感じなのは聞き及んでいるんだが、参加した事ないからな」

「そーなの?!」

「ああ」


 中学では2年に1回、体育祭と学園祭を交互に催していた。

 俺たちの学年は真ん中の2年生の頃の1回だけだったが、俺はクラスに馴染む気がなかったので催しどころか準備にも参加していなかった。


 ぼっちがどうやって仲良しこよしで和気あいあいとあのアットホームな職場で働けってんだ……


 いいか就活生、並びにフリーター諸君。

 アットホームな職場とか書いてる求人とか大概ろくでもないから止めとけマジで。


 馴れ合いに対応できないぼっちがアットホームな現場に行ってもぼっちはぼっちでしかないし、結局孤立してむしろ居心地悪くて辞める羽目になる。

 アットホームな奴らに陰口叩かれて泣きたくないならな。


「じゃあ今年は楽しまないとね!」


 ……高橋の純粋な笑顔が眩しい……

 そんな目で俺を見ないでくれ。

 そのキラキラした目が哀れみに変わるのが怖すぎるんだ……


「一緒に回る……のはダメだもんね……」


 約束事を思い出してしょんぼりする高橋。

 なんか申し訳ない。


「ま、まああれだ、ちょっと考えてみるわ。うん」

「一緒に回れる方法?」

「まあ、そんなところだな。出し物にもよるが」


 やんわりとしたアニメや漫画の知識くらいしかないから、色々と調べないといけないだろう。


「ありがと吉村」

「お、おう」



 そろそろ頃合だった為、俺たちはカフェを出てライブハウスへと向かう事にした。


 平日の金曜日の夕方という事もあり、電車はわりと混んでいた。


「彩芽ちゃんはもう着いたって」

「そうか」


 電車を降りて俺と高橋もライブハウスへと続く道を歩いていた。


 もう開場はしているらしく、辻川は現在入口で待っているらしい。


 一条も時期に到着するらしい。


「今日は学生バンドだけで組んでるんだって」

「夏の終わりの学生バンドか。なんか風情ある気もするな」

「青春って感じするね〜」

「高橋、糸崎先生みたいな事言ってるぞ」


 一歩後ろから眺めてる糸崎先生の画にそっくり。


「おやおや美録じいさんや、あたしゃまだまだ若いもんには負けないよ」


 なぜまた急に老後コント……

 こういう遊び好きなんだな、高橋。


「ばあさんや、ヘドバンはやめとくんじゃぞ。腰ぃ傷めるでのぅ」


 ビジュアル系じゃないからしないとは思うけども。


「ふぉっふぉっふぉ。黒髪ロングは振り乱す為にあるんじゃよ」

「ろっくんろーるじゃのぅ」


 傍から見たらなんだこのふたり。

 愉快ですな。俺ら。


「あ、みなも〜ん! 吉村〜!」

「彩芽ちゃ〜ん。またちょっと焼けたね!」

「順調に褐色女子になりつつあるよね」


 部活で焼ける肌。

 これもまた青春。


 俺は日焼けとか痛いから嫌だが。


「みなもんも吉村もそんなに焼けたりとかはしてないね」

「わたしはバイトだったしね」

「俺は引きこもってたからな」


 主に宿題とゲーム。


「祭りには行ったんでしょ〜いいなぁ」

「美味かったぞ。焼きそばにイカ焼きたこ焼きかき氷」

「吉村がね、チョコミントかき氷買ってきててふたりで食べたよ」

「チョコミントかき氷……美味しいの?」

「美味しかったよ!」

「部活さえなければ……ぐぬぬ」


 辻川がうなってらっしゃる。

 こわいこわい。


「皆さんこんばんは」

「一条ちゃんこんばんは!」

「一条さんこんばんは〜。相変わらず透き通る肌だねぇ」

「おう」


 全員揃ったところで、俺たちはライブハウスの中へと入って行った。


 閉じきった空気からは静かな熱を感じた。

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