第40話 オレンジファインダー

「夏も終わりかぁ〜」

「辻川さん、まだ終わってはいませんよ」

「部活しかしてないもん」


 前を歩く彩芽ちゃんと一条ちゃん。


「吉村、大丈夫?」

「思ったより問題ない」


 人の多い所は得意じゃない吉村。

 無理している感じもなくて、わたしは安心した。


 吉村とお付き合いしてから約2ヶ月。

 前みたいなよそよそしさも薄れていって、吉村の表情が見れて嬉しい。


「今日は恵那、客席に顔は出してないっぽいね」

「その分、ステージで輝く恵那様のご尊顔を見上げる事ができます」

「一条さん、戻って来て〜、まだ始まってないから〜」


 一条ちゃんが両手をお胸の前で握り合わせて暗がりのステージに虚像のえななんを観てる。


「やっぱ学生だけでLIVE組んでるだけあって、客層は若いな」

「わたしたちみたいにクラスの子達とかが多いんじゃないかな」


 ステージ近くにはわたしたちと同じくらいの歳の人達が多い。


 吉村はそっちにはあまり近寄りたくないっぽい。

 なのでわたしは吉村の隣にくっついた。


 目が合って、小さく笑う吉村を見てわたしも笑った。


「そろそろ1組目が始まるっぽいね」

「恵那様が待ち遠しいですわ」

「恵那以外はほんっと眼中に無いよね」

「無いですわね全く」

「一条さんを見てくる男子のお客さんはチラチラ見てきてるけど」


 LIVEまでもう少しというところ、手持ち無沙汰な人も多いだろうし、顔もスタイルもいい一条ちゃんは注目を集めるよね。


「その辺のオスに興味はありません」

「オス呼ばわりっ」

「ですが辻川さんや高橋さんにも視線は行ってますよ。吉村さんは鬱陶しがられているようですが」


 吉村が反応して目付きが鋭くなった。


「……絶対胸を比較されてるだけでしょ」

「……一条ちゃん、大きいもんね……」


 わたしはそっと胸に手を当てた。

 大丈夫、吉村はいいって言ってくれた……うん。


「あのぉ、ここに男子がいますよ〜そういう話止めて、なんか居づらい」

「浮いてますものね、吉村さん」

「お陰様でな」

「吉村、大丈夫だよ。わたしがいる」


 なんとなくガッツポーズで吉村を励ました。

 確かに女子3人に男子1人は居心地は良くはないないだろうし。


「始まりますわ」


 客席が暗くなり、ステージが照らされた。

 みんなの視線は一気にステージに向いた。


 吉村は小さな声で「ドラムはいいな……」とか呟いてる。


 わたしはそんな吉村を見て少し笑った。

 精一杯のステージ衣装を着ているバンドマンたちを見て、しっかりと演奏や歌を真剣に聴いている吉村はかっこいいし可愛いと思った。


 こういうところも、わたしの吉村の好きなところ。


「恵那たちバンドは1番最後の4組目だったよね」

「そうだよ」


 彩芽ちゃんの問いかけにわたしは答えた。


 今回のLIVEのトリ。

 学生バンドにも関わらず人気が高いからなのだろう。

 オーナーさんからも期待されてるってえななんが嬉しそうに言っていた。


 なんでも、えななんのバンドがあるから今回の学生バンドのみのLIVEを組めたらしい。

 客の入りとかの関係っぽい。


 好きな事をするのも難しいんだなぁってぼんやり思ったのを覚えている。


 2組目のバンドを観ながら、今わたしが吉村の隣に居られるのもおんなじなのかもと思った。


 助けてもらって、好きになって告白してフラれて、それでも諦めたくなくて。


 ダメ元で黒髪にしてもう1回だけのアタックは内心震えてた。


 あの時はまた拒否されたらどうしようとか考えながらも、やっぱり好きだった。


「いよいよ恵那たちだね」

「恵那様ぁぁぁぁぁぁ!!」


 一条ちゃんが叫んでるのを聞いていつの間に時間が経ってた事に気が付いた。


 おしとやかな一条ちゃんが発狂しているのはいつ見てもびっくりする。


 一条ちゃんに向けて歌いながら手を振るえななん。

 さらに発狂する一条ちゃん。


 1曲目を歌い終えてえななんは話し出した。


「夏の終わりだから、ラブソング縛りだけど、みんな着いてきてくれる?」


 発狂していた一条ちゃんが、憂いを帯びた表情で小さく「……はい」と答えた。

 色っぽかった……


 ステージ上のえななんは楽しそうに歌ってて、輝いている。


 そんなえななんを観ている吉村の横顔を見た。

 時々、不安になる。


 眩しくて、みんなの人気者。

 吉村ともE'z話ができるえななん。


 知らない間に吉村と仲良くなってたのは驚いた。


「もう最後の曲か〜早いなぁ」


 彩芽が寂しそうに呟いた。

 本当にあっという間だ。


 なんとなくわたしも少しだけ寂しい気持ちになって、吉村の手を握った。


 吉村はわたしを見てから握り返してくれた。


「川崎のやつ、意気な選曲するな」

「失恋ソングっぽいね」

「今川崎が歌ってるのはLiNAの曲なんだが、LiNAはE'zファンでもあるからな」


 吉村が「面白い構図だ」と言いながら笑ってる。


 わたしは詳しくないからわからないけど、「浴衣」や「花火」といったフレーズから確かに夏の終わりにぴったりな曲だと思った。


 好きな人が自分じゃない誰かのそばに居る。

 それを見て切なくなる歌。


 えななんの歌を聞きながら、もしもえななんと吉村が付き合っていたら、わたしはきっとこの曲の主人公と同じ気持ちになったかもしれない。


 そう思い、わたしは不安からか吉村と繋いた手を恋人繋ぎに握り直した。


 えななんと友達として好きだし、仲良くしたいと純粋に思うのと同時に、どうしても不安になる。


 確かに感じる吉村の体温に縋りながらわたしは複雑な気持ちのままだった。




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