第41話 最終話。
「恵那〜かっこよかったよ〜」
「恵那様、本日も素敵でした」
「来てくれてありがとね」
LIVEが終わり、客席に来た川崎とお喋りに興じる辻川たち。
「えななん、LIVEよかったよ!」
「ありがと〜みなもっちゃん。いやぁトリはなんか緊張したからみんながいて安心した」
前回俺が来た時とは川崎の表情は少し違い、疲れが見えた。
やりきった感は前と同様にあるが、どこか表情が柔らかいように感じた。
勝っても負けてもこれで最後の試合を終えた選手のような、憑き物が落ちたような顔。
学生バンドのみのLIVEのトリとは言え、責任感を感じながらのLIVEだったのだろう。
一概に「トリが重要」というような紅白の仕組みとは違うライブハウスとは言え、客入りを考えれば今回のLIVEはやはり責任重大だったのだろう。
ただでさえこのライブハウスでバイトをしている川崎だ。客入りは他のバンドよりも気になるところだったはずだ。
「吉村も来てくれてありがとね」
「ああ。最後のLiNAの曲、とくに良かったぞ」
「あの曲、ほんとはセトリに入れてなかったんだけど、こういうのもいいかなって」
「とてもキュンキュン致しましたわ」
川崎の手を取り瞳を潤ませる一条。
「条ちゃんありがとー!!」
一条に抱き着く川崎。
おい、客もまだ居るんだからあんまり百合百合するなよ。
何名か手を合わせて「……ご馳走様です……」とか言ってるやついるぞおい。
「くぅぅ! 私も来年こそは彼氏と一緒にここにまた来る!!」
辻川が俺たちを見て拳を握り締めて切実に宣言した。
……なんかすんません。
「じゃああたし、片付けと打ち上げあるから」
「恵那、学校でね」
「おう!」
そうしてこの夏最後のLIVEは終わった。
☆☆☆
「なんかあっという間だったね」
「だな。もう学校か……」
「夏が終わるのって、なんかちょっと寂しいね」
帰りの電車に揺られながら俺と高橋は終わりゆく夏休みを惜しんだ。
今年は初めての事が多かった。
高橋と付き合ってなかったら、こんな風に誰かと何かを惜しむなんて事もなかったのだろうと思う。
ただ前と同じように1人で過ごしてたまにバイトしてゲームして、聞こえてくる花火の音も耳元のイヤホンで掻き消されてわからなかっただろう。
「吉村、また来年も一緒にLIVE行こうね」
「ああ」
またひとつ、来年の予定が埋まってしまった。
高橋に、色んな事を変えられていく。
前の自分なら、先の予定を決められるのも嫌がっていただろうに、間髪入れずに同意するまでになってしまった。
この短期間で変化していく自分に不意に笑えた。
これでいて、嫌じゃないのが不思議だ。
「ん? どしたの吉村?」
「いや、なんでもない」
笑ったのが見られていたらしい。
お恥ずかしい限りだ。
「なにそれ〜」
隣に座る高橋が肩をぶつけて笑っている。
もちろん当てているだけのコミュニケーションだ。
最寄り駅に着いて電車を降りて、自宅までを歩く。
暗い夜道になると高橋が恋人繋ぎをしてきたので俺も握り返した。
いつもよりほんの少し遅い足取り。
近づいて行く家が少しづつ遠ざかっていくような錯覚に陥った。
たぶん、まだ帰りたくないのだろう。
俺も高橋も。
べつにこれが最期な訳じゃない。
きっと長い人生からすればほんの1ページ。
だが、一夏の終わりを惜しむだけじゃない何か。
今この瞬間が大事で大切なのだと思う。
戸惑いつつも、それでも握られた手のあたたかさのお陰で漠然とした不安はない。
見慣れたコンビニと寂しい公園が目に入り、その時間も終わりを告げている。
けれど互いに手を離せなかった。
「……じゃあ」
それでも帰らなければいけない。
だけど手が離せない。
「もう少し、一緒にいたい……な」
離すどころかより一層力の入った高橋の手。
上目遣いと遠慮がちな弱々しい声。
「公園のベンチで話すか」
「うん!」
結局、手は繋がれたまま俺たちはベンチに座った。
風もない夜の公園の背景は、時間が止まったように感じた。
「吉村……」
「どした?」
「あのね、そろそろ……名前で呼んでもいい?」
もじもじと遠慮しがちにそう聞いてきた高橋。
そういえば、お互いずっと名字呼びのままだった。
「ああ……そうだな。なんか、すまん」
「ううん! 吉村が謝る事とかじゃないよ」
今まで親しい人がいた事はほとんど無かったから、タイミングとか全く意識してなかった。
本当に今更だ。
思えば、お試しで付き合ってここまで一緒にいる事を想定してなかった。
「えっと……美録、くん。……みろくんって呼んでいい?」
「お、おう。じゃあ俺は……水望……で」
「うん」
なんか気まづい。
小っ恥ずかしいというべきか。
「なんか照れるねっ」
「だな」
「ほんとはね、もうちょっと早く呼びたかったの。老人コントの時に「美録じいさん」とか言ってこっそり練習してた」
「あのコントはそれだったのか」
全く気づかなかった……
「その、みろくんが、急に名前で呼ばれたら嫌かなって……思って」
「た、……水望に呼ばれても、べつに嫌な事はないぞ?」
気を遣わせてしまった事を恥じた。
いつも笑いかけてくれる水望に俺は無意識に甘えていたのだろう。
俺が人との距離を詰めない性格をわかってくれて、だから遠慮させていた。
思えば、お試しで付き合って今に至るが、俺は今まで1度も水望に自分の好意を伝えた事がない。
それは今も「お試し」のまま。
「水望」
「うん?」
今にして、水望の気持ちがわかった。
人に自分の好意を伝える事がこんなにも怖い事なのだと思い知る。
「今まで、お試しって形で、付き合ってたけど……」
言葉が詰まる。
水望からの好意はもう十分過ぎるほどに伝わっている。
それでも、言葉が喉につっかえてぎこちない。
「俺も水望の事が好きだ」
初めて、好きだと言った。
ただの言葉。ただの音。
それだけなのに、こんなにも熱を感じるものなのか。
「うん……」
「だからその……これからはお試しじゃなくて、ちゃんとだな……って
水望が抱き着き、俺の胸に蹲って泣いた。
「ごめんね……」
「な、なんで泣いて……」
しがみつくように抱き着く水望。
「……ずっとね、どこかで不安だったから……わたしはみろくんの事を好きだけど、みろくんはどうなんだろうって」
いつも笑顔で隣にいた水望が、不安を抱えながら一緒にいた。その事を俺は更に恥じた。
そんな気持ちにさせてしまっていたのだと。
「みろくん、優しいから、だから一緒に居てくれてるんじゃ、ないかって……」
水望からすれば、助けられて告白してお試しで付き合って、俺は「好き」の一言も言わなかった。
そう思われても仕方がない。
俺は水望を抱き締めた。
「俺の方こそ、ごめん」
「ううん。……嬉しいからいいの」
目じりに涙を浮かべながらも笑う水望。
それでも水望は笑っていてくれる。
「ごめんな。今まで言えなくて」
「大丈夫だよ。言ってくれたもん」
俺は抱き締めたまま、片手で水望の頭を軽く撫でた。
少しでも安心してほしいと思った。
「……金髪ギャルが怖いって話さ」
「うん」
「小学生の頃、クラスの金髪の帰国子女の事を好きだって事に勝手にされて、勝手にフラれててキモイって罵られた事があったんだ」
思えばそれからだろう。
好意を伝える事を無意識に怖がった。
「面白がったクラスの奴らが俺を羽交い締めにして、その金髪は俺の腹を殴った。小学生同士とは言え痛かったし、怖かった……水望を不安にさせた原因の言い訳でしかないけど」
そして屈辱から俺は強くなりたいと思って空手を習い始めて結局また上級生に虐められて辞めた。
不登校気味になり、千夏さんと出会って少しはまともになれそうだった。
でも千夏さんは事故で死んで、俺は記憶の隅に全部置いて生きてきた。
その結果、俺を好きになってくれた水望を不安にさせてしまった。
自分が克服してればこんな事はなかった。
「わたしね、そんな風に傷付けられても、わたしを助けてくれたみろくんが好きだよ。優しいから、それでも見捨てないで助けてくれた。だからわたしはみろくんが好きだし、そばにいたい」
初めて、人に受け入れられた気がした。
いや、水望は付き合う前から受け入れてくれていたのだろう。
俺はそれに今更気付いた。
「水望……ありがとう……」
声が震えて、俺は泣いていた。
さっきの水望みたいに、それでも笑った。
「……うん」
見つめあっているのが恥ずかしくて、けれども近づいていく唇と共に目を閉じた。
一瞬なのか、それとも永いのか。
時間概念すら忘れた。
気がついたらお互いの唇は離れてて、気恥ずかしくなって笑って誤魔化した。
「……お互い、腫れぼったい目だな」
「……わたしを泣かせたのはみろくんですけどね?」
「俺を泣かせたのは水望だけどな?」
意味のわからない言いがかり。
また笑って、涙を拭った。
初めてのキスの味はどうとか言うが、よく分からん。
それでも温もりは感じた。
それだけでいいと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます