第28話 パロ曲の朝
心地よいギターの音色で朝に目が覚めた。
まだ薄暗い海を見ながらギターを抱えている川崎の姿を辛うじて見えた。
俺は珈琲を入れて川崎の所に行った。
「朝練か?」
「おう吉村。おはよ」
「おはよう」
マグカップの珈琲を啜りながら川崎の演奏を聞いた。
「合宿の朝にギターの音聴きながら起きるのも悪くないな」
「起こしちゃったか。ごめんね」
「いいや。むしろ有難い」
少し前の俺ならその音すら鬱陶しく思いながら毛布に包まっていただろう。
「せっかくだからE'z弾いてやろうか?」
「お、いいですな。頼む」
少しチューニングして曲を弾きだした。
弾き語り用に少しアレンジの入ったE'zの朝の曲だ。
贅沢な朝だ。
珈琲片手に弾き語り聞いて、少しずつ明るくなる海を観ている。
川崎も楽しそうにアコギを掻き鳴らして笑っている。
「E'zのブルースの朝日、だな」
「正解っ」
E'zの曲としてはマイナーだが、朝の曲としてはぴったりだ。
「昨日、どんな話してたの?」
「ん? なにが?」
「みなもっちゃんとだよ〜。花火んとき」
目を輝かせながらギターを弄りつつ聞いてくる。
盗み聞きはしてなかったみたいだ。
「べつに。中身のある話はしてない」
「なにそれ〜」
具体的な話は確かにしていない。
ただ少し、捻くれた自己紹介、とでもいうのか。
今更な感じだよな。
「まあでも、たぶんだけど、当たり前な事なんだろうな」
「……全然何言ってるかわからん!」
「だよな」
高橋の勢いに押されて付き合って、一緒にいて、ほんの少しだけすれ違いかけた。
昨日の夜、寝る前に考えて出た現状、というか立ち位置? だろうか。
俺は今まで人付き合いを避けていた。
そのツケの割には軽傷、かすり傷ですらないようなもの。
周りのやつが小・中で学んでいるような人との距離感覚を俺は今更学んでいる。
「まあ、なにかあったら相談するし、高橋から相談されたら聞いてやってくれ。俺は捻くれてるらしいから、色々大変だろうし」
「他人事みたいに言うね〜」
「俺は捻くれてる自覚はあるが、それが普通だからな。認識のズレは起こる」
「うん。とりあえず捻くれてる事だけは分かった!」
それだけわかってくれたら十分。
「てかさ、いつまで「高橋」呼びなの? そろそろ「水望」とかいいんじゃないの? 付き合ってるんだし」
「…………善処する」
「間が長い! 普通に呼んだらいいじゃん〜」
簡単に言ってくれる。
それができる性格ならクラスに1人で居たりはしてないだろ。
「瞳を見つめて名前を呼んでキスとかしろよ! うっはぁ〜青春だなぁ〜」
ジャカジャカ鳴らしてキャッキャしている川崎。
楽しそうですね。
「川崎こそ、他人事だからって好き勝手言うな? めっさ恥ずかしいだろ。羞恥心で5回は死ねるぞ?」
「安心していいぞ吉村、骨は拾ってやる」
辻川といい川崎といい、親指立ててドヤ顔やめてもらっていいですかね。
もしも逆の立場になったら俺もありったけのドヤ顔をしてやる。
「そんな吉村美録きゅんに1曲」
憎たらしく笑いギターを弾きだした。
マイペースだよなぁ、
弾き語りだしたのは同じくE'zのラブソング。
歌いながらニヤつき顔で俺の顔を覗くのが鬱陶しく思いながらも、やはり歌も演奏も上手い。
こいつなりの応援歌なのだろうと有難く聴いた。
川崎が弾き終えると、朝日が海から全身を晒した。
「恋の夏期講習」
「正解〜」
夏真っ盛りのこの時期にはぴったり。
ドヤ顔ももはや清々しい。
「リクエスト1つ、いいか?」
「いいよ〜」
「俺が1番好きな曲で。「あいかわらずなオレら」を頼む」
「いいね〜。ウクレレでも楽しく弾ける曲だね」
そう言って弾き始めた。
E'zで1番好きな曲はと言われるとE'zファンはすぐには答えられない。
曲数が多いし思い出も多い。
好きな曲を上げるだけならいくらでも出てくるが、1番は? と聞かれると随分悩む。
それでも俺はあえてこの曲を上げるだろう。
「あいかわらずなオレら、でした〜」
「上手いな」
「もっと褒めろ」
「恵那様! 素敵ですわ! これでいいか?」
「条ちゃんに言いつけとく」
「やめてマジでやめてすんませんでした」
下手したらコンクリ詰めにされかねない。
そんな気がする。
「じゃああたしの1番好きな曲を当ててみ?」
「E'z?」
「そ」
川崎の1番好きな曲。
わからん。
全く検討がつかん。
最近好きになったってやつならドラマや最近の新曲からハマったやつだとわからなくもないが、川崎の知識は俺以上。
該当する曲はデビュー曲から今の今までと多すぎる。
俺は川崎を見つめながら考えた。
同じくE'z好きとして、ここはどうにか当てなければならない。
謎の使命感に駆られた。
川崎は当てられないだろうと
「rush」
「……へ」
俺がそう呟くと、川崎は呆けた顔をした。
「どうだ? 当たりか?」
「え、あ、うん。当たり」
「よっし。流石俺」
川崎は俺が1発で当てたことに対して驚いているのだろう。
川崎は俺の前でこの曲は弾いたことはない。
1番初めにあげられるとは思っていなかったのだろう。
「当たりだけどさ、なんでわかったの?」
「初めてLIVE見に行った時の川崎思い出したらなんとなく? 川崎はこの曲がぴったりだと思ったな。ずっとこうしてギター抱えて走ってくんだろうな、と」
ほとんど直感。
LIVEでやってた曲とも違う。
だけど、なんとなくそう思った。
「そっか」
それだけ言って川崎は頬を緩ませながら弾いた。
昇る朝日を見つめながら川崎は弾き語った。
こいつは本当にギターが好きなんだなと改めて思った。
そうして弾き終えてゆっくりと顔を向けた川崎。
「変態」
「……なぜに?」
「うっし! お腹空いたし朝ごはん食べに行こう!」
「変態呼ばわりはマジで意味わからんが、確かに腹は減ったな」
別荘に戻るとちまちまと起き出している人もいて、一条はギターを担いでいた川崎を見てショックを受けていた。
俺が聞いていたと言うと「抜け駆けしましたわねっ!!」と鬼の形相で胸ぐらを掴んできた。
E'zリクエストしたって言ったら発狂した。
……いい朝だ。
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