第27話 捻くれ者
「音無ぱいせんマジで上手いっすね!」
「さっきーも上手い。急にアレンジしたのに付いてきたき」
海で遊び夕飯を食べ終えて俺たちは川崎と音無先輩の演奏を聞いた。
2人が好きな曲、リクエストで出来る曲を弾いて歌ってみんなは騒いで楽しんだ。
先生はお酒を飲みたそうにしていたが、この後は花火をする事になっている為に我慢していた。
音無先輩もみんなと馴染んでいて楽しそうで、親睦を深めるという一条の目的も十分に達成していると言えるだろう。
「貴重な恵那様のアコギ演奏をこうしてお近くで聴けるのは本当に至高ですわね」
一条は川崎をひたすら見ながらうっとりしていた。
行きの車でも弾いて歌ってはいたが、弾き語りをしっかりと聴けるのは確かにレアだろう。
音無先輩はよく駅前で弾き語りをしているが、俺もちゃんと聴くのは初めてだった。
「やっぱアコギは指の皮ヤバいわぁ〜」
川崎は手首を振りながら笑顔でそう言った。
エレキギターと違い、アコースティックギターはしっかり弦を抑えないといけない。
加えて弦の張りもエレキより硬いため指の皮がキツいのだろう。
そんな事を指先で感じても楽しそうな川崎はやはり本当にギターが好きなのだろう。
「よし! 花火行こうぜ!」
「恵那は絶対ブルバリンのポーズを取ると私は予想した」
「……彩芽、貴様まさかエスパーか?!」
女子陣がわちゃわちゃしながら砂浜へ向かうのを俺は後ろから付いていく。
花火やバケツ、ライターにロウソクなどの道具は既に準備済み。
糸崎先生は花火で遊ぶ生徒たちを撮影するべくカメラを持って張り切っている。
月明かりと白い砂浜の反射のためか、夜でも顔や表情が認識できる程度には見える。
「
「条ちゃん初めて?!」
「はい……お父様の都合上、地元の祭りなどのスポンサーとして打ち上げ花火などはよく観ていたのですが、手持ちは」
流石お嬢様。
実はコンビニとか行ったことないとかもそのうち言いそうだな。
「条ちゃん、オレが君の初めて、貰っていいかい?」
「喜んで」
おい、一条さん、目が濡れてますよ。
「吉村君、みなもんと花火してきなよ」
辻川が肘で俺をつつきながら促してきた。
昼間以降あまり高橋とは話せていなかった。
なんとなく。
ただなんとなく気まづかった。
「ほれ」
辻川は口をとがせて俺の背中を強引に押し出した。
辻川も昨日の夜に言ってしまった事を少なからず気にしてはいるのだろう。
促されるまま高橋の元に行った。
「吉村」
「一緒に、やらないか?」
「うん」
先生がロウソクに火を着け始めていたので適当な物を手に取った。
周りからははしゃぐ声が聞こえる。
「綺麗」
高橋も手に持った花火に火を着けて眺めた。
「なんか、ごめんね」
「……なにが?」
花火を見たまま高橋はそう呟いた。
俺にはその意味がわからなかった。
「わたしの事、色々考えてくれてるから」
「……普通じゃないか? 昼間言った事も、約束事の話についてだけだが」
「そうだけどさ。……わたしね、吉村にお試しでもっ! って言い寄った時、約束事の事の意味とか全部は理解出来てなかったなって思って」
消えてしまった花火を捨てて新しい物に火を着けた高橋。
「いや、それについては俺も悪い。具体的にもっと言って補足しとくべきだった」
律儀に約束事を守る高橋を見て問題ないと判断していた。
辻川が訳わからんと言っていたのだし、高橋が理解できていたかどうかを改めて考えておくべきであった。
高橋水望はいいやつだ。
辻川も、川崎も、一条も。
捻くれ過ぎた俺の考えが、普通の人からすれば杞憂だと思ったり変だと思うのはたぶん普通な事だ。
付き合ってるのをからかわれると恥ずかしいから隠すという趣旨の約束事ではない。
きっと、普通の人からすれば考え過ぎなのだ。
俺の考え方は。
「……ちょっとだけね、思っちゃったの。わたし、吉村の隣に居ていいのかなって」
2つ目の花火が焼き消えて、高橋はゆっくりと視線を俺に移した。
俺もその高橋の目に惹き付けられて離せなかった。
こんなとき、なにを言ったらいいのか。
「色々ね、考えさせちゃって吉村の負担になったりしてるかな、とか……」
目線を落とした高橋。
手持ち無沙汰で何も言えなくて、俺も次の花火に手を伸ばした。
後ろでは呑気にネズミ花火に火を着けて騒いでいる。
「……気にしないでくれ。いつもこうなんだ。……なんていうか、なにをするにもリスクを考えちまうというか」
どうでもいい事はスラスラと出てくるのに、こういう事は形にならない。
もどかしい。
「高橋と居て、負担だとか思った事はない」
素直に言える高橋が羨ましいと思った事がある。
俺にはもったいないとも思う。
俺とは全然違うし、わかりやすく言うなら正反対。
性格も、立ち位置も。
「そりゃ、今までずっと1人だったから、高橋と居ることが多くなって考える事もあって、悩む事も増えた。でも……」
気付けば周りの音も聞こえない。
騒いでる気配とかは変わってないのに、音が聞こえない。
「苦しくはないんだ。……高橋と居て、少しずつ世界が広がってく気がした」
高橋が居なかったら水族館なんてもう10年は行こうとも思わなかった。
高橋のお母さんと会うことになってあたふたしたりする事もなかっただろうし、親父や姉ちゃんたちにからかわれてドキマギしたりもしなかった。
「なんていえばいいか……わからないけど、高橋と一緒にいて、負担だとは思わない」
「そか」
高橋が小さく笑うと、頭上で打ち上げ花火がささやかに炸裂した。
「ごめんね。変な事言って」
「いや。そんなことは、ない」
気付けば残りは線香花火だけになっていて、ふたりともしゃがんで火を着けた。
「……高橋がまた、なにか思う事があったら、言って欲しい」
高橋が俺を見た。
「少しずつ、わかるようになりたいんだ」
これからどう高橋と向き合っていけばいいか。
高橋は俺を見て微笑んだ。
「うん。わたしも、もっと吉村の事知りたい」
そしてまた少しの沈黙。
今度は少しだけ、気まずくない。
「高橋には、聞いてもらいたい事もある。だから、少し待っててくれ」
「うん。待ってるね」
そうして線香花火は小さな煙を上げて消えた。
俺の過去の事を、高橋には知ってもらいたい。
そう思えたのは、多分初めてのことだ。
「ああ」
そうして花火の残骸を集めた。
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