第26話 一手
合宿2日目ともなると、敷地や別荘本館内の構造もなんとなく把握し始めているためか、みんな少しばかりリラックスしながら合宿を満喫している。
「でもさ、なんでそんなに隠したかったわけ?」
川崎が紅茶をすすりながら問いただしてくる。
なぜか全員でテラスのテーブルを囲み、パラソルの下で紅茶や焼き菓子をつまみながら俺と高橋は再び昨夜の話を持ち出されていた。
「それはだな……」
「吉村君が約束事を守るよう言ったのはみなもんの為なんだって〜」
辻川、余計な事言うな。
「……お前らからして俺がどう見えていたかは分からんが、世の中上には上がいるし、下には下がいる」
「どゆこと?」
「辻川に言った時にも伝わらなかったが、わかりやすい言うと、美女と野獣、だ」
「先生、別に吉村君が野獣だと思った事ありませんけどね?」
「それはどうも。要するに、俺と高橋じゃ釣り合いが取れてないって事だ」
高橋はじっと俺を見ているだけでなにも言わない。
高橋自身がどの程度「約束事」について理解して守ってくれていたかは俺も正直わからない。
辻川のような無自覚スクールカーストである高橋、辻川、川崎。
一条はまた別格のため立ち位置がよくわからん。
「例えばだが、シャニーズの売れっ子俳優が、そんなに可愛くないキャバ嬢と付き合ってますと公言したら、ファンはどう思う?」
待ち受けにしてるようなガチファンからすれば裏切られたような気にさえなるかもしれない。
俺と高橋にはコンビニ事件という学校外での接点があるとは言え、傍から見れば関係ない。
「吉村さんが言いたい事は、周りの目を気にしてお付き合いをしているのを隠した。そういう事ですわね」
一条は川崎ガチファンであり変態的に好きである。
話が早くて助かる。
「この問題としてあるのが、俺たちは学校に通う高校生であるということ。そしてそれをよく思わない奴は男女共にいる、または出てくる」
「……そんなやついるの? 「付き合ってるんだね! おめでとう!」ってならない?」
川崎がクッキーを咥えながら無邪気に聞いてくる。
「なる奴もいる。でもならない奴もいる」
あんまり俺の過去の事を話したくはない。
ソースを出すのは躊躇われる。
「高橋と付き合ってます、で俺が攻撃される事は想定の範囲内。問題なのは高橋だ」
「みなもっちゃん、誰かに恨まれたりしてるの?」
「……そんな事はないと思うけど……」
「恨んでる奴じゃない。高橋を好きな男連中が何か仕掛けてくるって話だ」
俺は紅茶をすすり話を続けた。
「昨日俺が話した怪談。結局怖いのは生きてる人間って事なわけだ。人の幸せを願うのも、他人の不幸を願うのも本質的には一緒なんだよ。ベクトルが違うだけで、誰かを想う感情がプラスかマイナスかだけの違い」
誰かの幸せを願い、それが叶うということは、誰かの得られたかもしれない幸せを奪った可能性があるという事だ。
「吉村さんの話や考え方は根本的に捻くれていますが、それは商売などでも同じ本質的なことです」
「……でもそんなに深く考えなくてよくない? 好きだから一緒にいる。それでいいと私は思うけどなぁ」
辻川のスタンスは間違ってないし、それでもいいと思う。
それは辻川の今の立ち位置であれば問題がないからだ。
「まあ、この場にいるメンツにはバレたし、この合宿でそうなる事も想定はしてたから問題ない」
合宿前には少なくとも辻川にバレていた。
合宿を機にこのメンバーには話してもいいかもしれないとは思っていた。
高橋が気を使って接してくれるのは有難いが、やはり負担にはなっていただろうし。
高橋と付き合う前の俺ならまずこの合宿には参加してないし、高橋との関係がなければそもそもこの放送部合宿はなかった。
「とはいえ、俺が取り付けた約束事のせいで高橋がみんなに話さなかったのは事実だし、裏切られた、と感じさせてしまったのならすまん」
俺は頭を下げた。
嘘は付いていないが、周りから観て「ただのクラスメイト」に見えるように意図的にそうさせていたのは事実だ。
やってる事は騙してるのと変わらない。
俺が恨まれるのは仕方ないと過程しても、高橋にまで影響が出ては意味が無い。
約束事は高橋の交友関係にヒビを入れない為のものでもある。
「吉村さん、頭を下げる必要はないですよ。誰かを貶める事をしたわけではありませんし」
「これで公式にイチャイチャできるわけだね吉村君」
なにがグッジョブ! なんですかね辻川さん?
「まあ、
「一条、策士だな」
一条だけは敵に回したくない。
「今回の合宿の目的は親睦を深めるためでもありましたからね。吉村さんと音無先輩は面識はある訳ですが、私たちは入部したばかり。そして私たち1年生は出会ってからまだ半年も経っていませんし」
一手でいくつも状況を変えていく一条。
言ってはないが、絶対川崎との距離を近付けようとかも考えているだろう。
抜け目のないやつだ。
「入部したばっかりでこんな豪華な別荘で合宿する事になるとは思ってなかったけどね〜条ちゃんのお陰だな」
「私、恵那様の為ならなんだって致しますわ」
「お、こっちもお熱いねぇ〜」
辻川が「百合もあり!」とか言ってサムズアップしている。
確実に面白がってるだろ、辻川。
「青春ですなぁ」
「そうですねぇ」
音無先輩と糸崎先生は紅茶をすすりながらのほほんとした顔をしている。
なんでロリ担当の2人が老婆みたいなセリフを言ってんだよ……
「紅茶も飲んだし、海に入りますか」
「私も入る〜」
「浮き輪取ってくる」
一息ついたと話を打ち切って海へと歩く女性陣。
俺の話が、それなりに受け入れられた事を実感しながら残った紅茶を飲み干した。
もちろん万人に受け入れられるわけじゃないだろう。
だが、こうして「捻くれている」とは言われつつも話を聞いてくれる人もいるのだと思えた。
「吉村」
「おう。今行く」
俺は手を振る高橋の後に続いた。
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