第25話 夜の……
「……本当に、するの?……こ、怖いよ……」
「大丈夫。最初だけだ。怖いのは」
「で、でも……」
深夜2時、俺たちは月明かりすら乏しい部屋にいた。
「怪談祭りだ!」
今回の怪談の企画者である川崎。
ロウソクの火は寂しく場違いな川崎を照らしている。
「……恵那様の提案とはいえ、
「お稲荷様って守ってくれるの?」
「い、いえ……私たち一族が信仰している稲荷様は商売繁盛、元々は豊穣の女神です」
「狐が化けて出るかもな」
稲荷と言えば狐は稲荷の眷属、なんなら脅かしに来るかもしれないまである。
「化けて出るのは妖狐です。稲荷様の眷属のお狐様はそのような事はされませんわ……
普段から自信に溢れ臆することのない一条のこのような姿を見るのは悪い気分はしない。
グッジョブ川崎。
「祟られたりしないかな……?」
辻川が怯えた様子でブランケットにくるまっている。
「大丈夫だろ。幽霊の類いに取り殺されるより生きてる人間の方が殺してる数は多い。問題ない」
「問題ない、じゃないよ!! 数の話はしてないから!」
幽霊だのがいるだのいないだのはどっちでもいいが、殺してる数で言えばそうだろうに。
戦争でアホみたいに殺してる独裁者の方が怖いわ。
徴兵制とか。
少し前までの俺はクラスメイト自体から逃げるように身を潜めていたのだ。
物理的に影響力の少ない幽霊ならまだマシだ。
「せ、先生は大人ですからァ?! こ、怖くはないですが!!」
「あ、先生……いや、なんでもないです」
「ちょッ! 吉村君?! な、なに! 言い淀んだの何?!」
「い、いえ……なんでも、ないんです。きっと」
「悲しそうな顔止めて吉村君!」
先生はからかいがいがある。
ちなみに音無先輩はギターを抱いて眠っている。
興味がないらしい。
音無先輩ならテレビ越しの井戸から出てきた貞○にも興味を示さない可能性がある。
「というか、俺だけ男なんだが、ここ居ていいのか? わりと眠いんだが」
「い、いてよ吉村……こ、怖い、から……」
涙目の高橋。
パジャマ姿に黒縁メガネの高橋に涙目で言われては流石に俺も動けない。
こんちくしょう。
「吉村君、こういう時、「やってられるかこんなもん」とか言ってみんなから離れる人が真っ先に殺られるんだよ?」
ビクつきながらも辻川が俺の袖を摘んだ。
「そんなわかりやすい死亡フラグなんか誰がご丁寧に立てるか」
ちなみに並びは俺から見て一条は川崎にくっついており、辻川は高橋と。
高橋の横に俺、俺の隣に先生。
先生の隣が川崎と円を描くようにロウソクの火を囲んで並んで座っている。
音無先輩は部屋のソファでよだれを垂らして寝ている。
「というわけで第1回放送部合宿怪談祭りを開催する!!」
なんで川崎はこんなに元気なのか。
なんならギターを掻き鳴らしそうなくらいのテンションである。
良い子は早寝するんだぞ?
さては川崎は良い子ではないな。
「ほんとは条ちゃんに頼んで黒服召喚して肝試ししたかったんだけどな」
一条曰く、今回は黒服もといボディガードは呼ばないと決めていたために断念したらしい。
黒服がいたら肝試しどころじゃない。
下手に一条を触ったりしたらうっかり殺されかねない。俺が。
「まあ、怪談祭りって言ったけど、そもそも怪談話持ってる人いる?」
一条の頭を撫でながら司会進行する川崎。
「じゃあ俺が最初にするわ。まあ、怪談というよりは人怖にも繋がるんだが、まあ最初だしな」
ハードルは低い方がいい。
加えて最初にする事で場の空気をある程度コントロールできる。
……ぶっちゃけ、怪談話より大喜利大会の方が好きだ。
しれっとその路線にすり替えよう。できればだが。
「これはとある中学校での話だ。バレンタインの時期、1人の女子生徒が意中の男性教師にチョコレートを渡したんだ。その学校の女子たちの噂で「意中の人に渡すチョコに自分の髪や爪を細かく砕いた物を混ぜて相手が食べると恋が成就するらしい」という噂が密かに流行ってた」
ブーチョーブで見たことのある怪談を俺は話す事にした。
見たのはたまたまだったが、ここで役に立つとは思っていなかった。
全員誰も喋らずに俺の話を聴いている。
「その女子生徒はその噂に縋り、自身の髪を細かく刻んでチョコに入れて作り男性教師に渡した。実は当時その男性教師は職場内恋愛をしていた。その事を知らなかった女子生徒はどうにか先生と恋仲になりたいと思ったらしい。先生はそのチョコを受け取った」
揺らめく炎でも怖がる女子陣の表情がわかる。
「受け取った男性教師はその後何事もなく普段の生活を過ごし、そしてホワイトデーとなった。先生からお返しは貰ったがその後の展開は無く、女子生徒は肩を落としながらも部活をした」
ブーチョーブではどうやってお返しを渡したのかの描写はなかったから、雰囲気で誤魔化す。
「その日の夕暮れ。部室の鍵を返しに行った時だった。職員室に繋がる廊下を歩いていると、不意に職員が使用している駐車場で男性教師を見つけた。その隣には職場内恋愛をしていると思われる女性教師。それを見た女子生徒は泣くのを堪えて鍵を返したという」
よくよく聞けば青春の1ページ。
ここまではそうだろう。
「女子生徒はそれから1人で失恋を実感したのかひたすらに泣いていた。そうして恨むようになった。
高橋が今にも泣きそうだ。
この時点では明確に霊的なにかは出てきていない。
予想が付かない為か酷く怯えている。
怪談師のような綺麗な流れの話ではない。
理解できないものを怖がるのは人の本能と言える。
「その日を境に男性教師は学校を休みがちになった。授業に出ても顔色が悪く、常に怯えているようだったらしい。付き合っていた女性教師とも別れたらしく、男性教師はどんどん弱っていった。その男性教師を見て女子生徒はますます恨みを強く想うようになった。「もっと不幸になればいい。わたしを振った先生は、もっと不幸になってしまえばいい」そう思っていた」
色恋沙汰は簡単に恨み辛みに変わる。
怖い。
「ある日、男性教師は学校で飛び降り自殺をした。清々しい青空と桜が咲き始めていたにも関わらず、男性教師は生徒たちが授業中に飛び降りた」
自殺、というワードに反応してしまった女子陣。
「発見した人が言うに、足から腰がぐちゃぐちゃでありながらまだ意識があったという。口から血を吐きながら、その男性教師は点を仰ぎながら繰り返し「……来るな……来るな……」と言っていたらしい」
女子陣は震えながら互いに抱き合っている。
「女子生徒はその飛び降り自殺を目撃して衝撃を受けた。確かに恨んでいたが、まさか死んでしまうとは思っていなかったんだ。そうして女子生徒は段々と怖くなっていった。自分が不幸になればいいと願ったから。だから自殺したんだと思った。そうしてふと自分が噂を信じて行った行動をネットで調べ始めた。自分のせいだと思い込みながら、自分のせいではないと思えるように少しでも精神的な負担を軽くしたかったのでないかと俺は思っている」
糸崎先生が川崎にしがみついている。
ある意味糸崎先生もそうなりかねない立場だと思うと怖いのだろう。
「調べてみると、噂にあったものの元は相手に自分の生霊を取り憑かせる方法だった事が判明した。元々は恨んでいた相手に己の髪や爪、指などの身体の一部を相手の近くに置いておくことによって生霊を送る事ができるらしい」
これはとある霊視芸人が言っていた気軽に相手に生霊を飛ばす方法らしい。
本当かどうかは知らん。
「それを知った女子生徒は自分がした行動に恐怖した。自分の髪が入ったチョコを渡し、振られて恨んだ。妬んだ。不幸になればいいと願った。願ってしまった」
怪談話らしいオチなんてない。
「女子生徒は、男性教師が死ぬ前に「……来るな……来るな……」という呟きが、自分の生霊に対して言っていたのでは思い、そうして自分も男性教師が自殺したその場所から飛び降りて自殺した」
要約すると、人は怖い。
「オチはない。すまんな」
「綺麗なオチが無い分逆に生々しくて怖いっ!」
川崎が怯えている。
スパッと切れるナイフより、ボロボロで切れ味の悪いナイフで切られる方が痛いのと同じ。
現実は生々しいのである。
「よ、吉村! わたしはそんな事絶対にしないから!!」
高橋が俺に抱き着いた。
みんながいる前で俺に抱き着いた。
みんなが見ている目の前で胸も顔も押し付けて抱き着いてきた。
「お、おう……高橋」
「……っ!!」
「みなもん、付き合ってるからって大胆過ぎない?」
辻川が余計な一言を言った。
涙目を浮かべながらも苦笑いしながらである。
怖い雰囲気に負けて辻川は高橋と俺の関係をバラした。
「えっ!! みなもっちゃんマジ?!」
川崎が食いついてきた。
俺に抱き着いたまま、高橋は固まり、現状を慌てて把握して驚愕した。
怒涛の展開。
そこからはみんな(主に川崎と先生)が怪談話から逃げるように俺と高橋の話を根掘り葉掘り聞き出してしまい、怪談祭りは中止となった。
……どうしてこうなった。
いや、俺のせいか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます