第24話 火の番人
少しして昼過ぎ、流石に一旦昼食を摂ろうということになった。
女子陣は各々薄手のパーカーなどを羽織りそそくさと昼食の準備を始める。
バーベキューセットがあるとの事で火の準備や具材、皿やドリンクなどを運んだり。
音無先輩もなんだかんだみんなとそれなりに仲良く話をしながら準備に参加している。
パーカーを着ているとはいえ、逆に胸元の谷間が強調されている分目のやり場に困る。
一条にも言われてしまったため、なるべくは高橋の事を見るようにはしてはいるが、やはり視姦というほどガッツリ見るのは無理。
なのでなるべく薄目で作業をし、途中からは火の番人として肉や野菜、焼きそばを焼いていく。
この仕事をすることにより、俺はただ具材たちと見つめあっていればいい。
おお、労働とは尊いものだったのか。
役割があるとはこんなにも救われるものがあるのだ。
……社畜へと順調に調教されている気がする。
「吉村が職人っぽい!」
川崎がお皿を片手に話しかけてきた。
こいつはなんか、少年って感じするよな。
なんか。
「俺はあらゆる番人だからな。今は火の番人」
「炎の男って感じする!」
「恵那! 貴様だけに肉は渡さん!」
「なんだと彩芽! ふっ! 貴様はもやしだけを食しておればよいわっ!」
「あっ! もやしだけ全部私の皿に入れないでよ!」
鉄板の前でわちゃわちゃと騒ぐ川崎と辻川。
楽しそうでなにより。
「吉村、代わろうか?」
高橋が心優しく聞いてきた。
俺は高橋を一瞥し具材に目を戻した。
「いや、大丈夫だ」
火の番人という今限定の天職を手放す訳にはいかない。
「そか」
ひたすら具材を焼き続けている俺の事を気遣って声を掛けてくれたのだろう。
断ってしまったのを少し残念そうにする高橋。
「あ、……喉乾いたから、なんか取ってきてもらえないか?」
摘み食いはしているが飲み物をそういえば持ってない。
火の番人ということもあり暑い。
「うん! なにがいい?」
何この子良い子。
「お茶がいいな。濃いやつ」
「うん! わかった」
そう言って飲み物を取りに行ってくれた高橋。
後ろ姿のポニーテールが揺れる。
「健気だねぇ〜」
こっそりジト目で高橋を見るのは辻川。
微笑ましそうな顔をして今度は肉を頬張っている。
「吉村くん〜先生にお肉くだしゃい」
ぼろよい片手にふらふらと歩いてくる糸崎先生。
チューハイ1本でこうも酔っ払うのか。
警察の人がいたら未成年と間違われて職質される容姿をしているだけのことはある。
「辻川、先生に水あげてくれ」
慣れない運転でかなり疲れているのも酔いにえいきょうしているだろうが、これはやばい。
ある意味酔っ払った姉ちゃんよりやばい。
昼間っからここまで酔われると後々面倒だ。
「吉村ぐん! 先生酔っららってらいよ!
「辻川、やっぱバケツに水入れてきてくれ」
「バケツはえぐいよ吉村君……」
呂律回ってないし。
致命的にお酒弱い人に限って「酔ってない!」って言い張るんだよなぁ……
「焼きそばって、美味しいですね」
一条叶葉お嬢様は庶民の食べ物焼きそばを咀嚼してご満悦のご様子。
隣のぐでんぐでんな先生放置だけど。
「よっしー。肉、
「はいはい」
「ご
肉に食らいつきながらさらに肉を要求してくる音無先輩。
いちいち偉そうだがこれでも先輩である。
小柄で糸崎先生とどっこいどっこいな胸のサイズだがこれでも先輩なのである。
「吉村、お茶はどこ置いたらいい?」
「そこに頼む」
近くにあったクーラーボックスの上にお茶を置いてくれた高橋。
屈んだ拍子に谷間が強調されて思わず見てしまった。
「……高橋も食べるか? 焼けたけど」
「あ、うん! ありがと」
「おう」
普段ふたりでいる時とは違う。
俺がなんとなくぎこちない態度になってしまう。
「そろそろ焼き終わってもいいんじゃない? 吉村君」
「そうだな」
残った具材たちを戻して残りの料理を食べ始めた。
「吉村君、みなもんの隣空いてるよ」
「お、おう」
辻川に促されて席に座った。
辻川はなるべく俺と高橋をくっ付けておきたいのだろう。
自然に隣に居られるのは有難いが、そんなに恋のキューピットをしなくてもいいだろうに。
付き合いたいから手伝ってくれ、というならわかる。
だがそうではない。
まあ、辻川が言っていた「知らないふりをしている方が都合がいい」というのはこういう事もあるからだろう。
「一条さん、この後はどうするの?」
「とくには決めてませんわね。海でもいいですし、各々ごゆっくりと」
机に突っ伏して寝ている先生を横目に微笑む一条。
移動からそのまま海で遊びバーベキューをして今である。
時刻は昼を過ぎて2、3時間もすれば夕暮れ。
もうひと遊びするもよし、長い夜に向けて仮眠を取るのもよし。
個人的には眠りたい。
「彩芽! 今度は泳ぎで勝負でどう?」
「いいでしょう。負けたら罰ゲームで腹筋50回」
「腹筋はなぁ」
「恵那は負ける前提なの?」
「勝てるし!」
「……腹筋で喘ぐ恵那様。ふふっ」
叶葉お嬢様、変態がうっかり出てますよ。興奮しないで下さい。
「音無先輩はどうするんですか?」
「ギター触りたい。いいメロディ浮かんだし」
もぐもぐしている音無先輩に高橋が聞いた。
高橋は面倒見がいい。そのまま音無先輩のお守りを頼む。
みんなは昼食後の予定が決まり、バーベキューの道具を片付けて遊びに行った。
俺と高橋は酔い潰れた先生を別荘の自室に運んで投げ込んだ。
先生の死体処理も終わり、一瞬高橋と目が合った。
今この瞬間は高橋と2人きりでの屋内。
広くはない廊下が、高橋を余計に意識させる。
「ねぇ吉村……さっきは聞けなかったけど……どうかな?」
俺の前を歩いていた高橋が言っていた。
後ろ手に手を握り、背筋が伸びた分胸元が印象づけられる。
ほんのりと赤い頬も落ち着かない目も可愛いと思ってしまった。
高橋が聞きたいのは、水着に対してのことだろうとなんとなくわかる。
「……そりゃ、可愛い……です。ポニテも、良かった」
向き合っている状況なのに、お互いに目を合わせられない。
不意に高橋を見て、恥ずかしそうに横を見ている高橋の首元から僅かに見えるうなじに俺も目を逸らした。
「ねぇ……建物出るまでだけでいいから、手……繋ぎたい、な」
上目遣いでそんな事をこのシチュエーションで言われて、俺は断れなかった。
先生は酔って寝てる。
俺らの他には誰もいない別荘を手を繋いで歩く。
絡みつく高橋の指先と誰かに見られてはいないかという緊張感で心臓の音がうるさい。
建物を出てもお互いになぜか離せなくて、結局海の手前ギリギリまで手を繋いでいた。
たった数十秒。
こんなに大事に感じた数十秒は初めてだった。
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