第11話 お約束

 テストが終わった。

 クラスの空気はもうすでに夏休みの雰囲気である。


 一学期期末テスト終了直後である俺は高橋に言質を取られていた「デート」の計画を立てて高橋を誘っていた。


 とりあえずお互い家に帰って着替えて駅で落ち合い、今は高橋とふたりで電車に乗っている。


 なるべく学校の奴らに見られず、それでいてどうにか高橋を満足させる為の苦肉の策として俺が提示したのは水族館だった。


 クラスの奴らはテストから解放されたからか遊びに行く奴がほとんど。

 そんな中でわざわざ遊ぶのに水族館には行かないだろうという俺の予想だった。


「吉村、初デート、だね!」

「お、おう……」


 なぜだろう。胃が痛い。

 そもそも友達もろくにいないのに俺は「デート」という複数行動を異性としなければいけない。


 高橋と2人が嫌という訳ではなく、異性と2人きりというのがプレッシャーなのである。


「水族館かぁ。わたし、幼稚園の頃に行ったっきりかも」

「俺も似たようなもんだな」


 隣に座る高橋は夏を感じさせる服装だった。


 黒のインナーに白の薄手で7分丈のシャツにデニムのホットパンツに白のパンプス。


 今回も全体的にシンプルなデザインだが、青のピアスがワンポイント揺らめいていて良い。


 お昼ご飯はまだ食べていないが水族館の中にフードコートがあるのでそこで昼食を取る予定。

 そのため非常にお腹が空いた。


「ペンギンって居るかな?」

「確か居た気がするぞ」

「じゃあペンギンは絶対見たい!」

「そんなに好きなのか?」

「うん! なんとなくだけど」


 高橋の「好き」は基本的に直感的な感覚が多いように感じる。

「○○大好き! 理由は知らん!」みたいな感じ。


 清々しくて嫌いじゃないし、自分にはあまり無い感覚や価値観だと思った。


 今までは基本的に1人行動しかしてなかったから、自分と誰かを近くで考えたり違いについて考えた事はあまりない。


 自分はどこか遠くから観ていて、そこからみんなを観察してる。


 自分に被害が来そうなら回避。

 それの繰り返し。


「ペンギンって、名前の響きがとくになんか好き!」


 楽しそうに横で話す高橋は、蚊帳の外にいた俺を引っ張って物好きにも俺なんかと一緒に居る。


「ペンギンって、よちよち歩く割に水中じゃかなり速く泳ぐらしいな。羽根の中の空気がどうとか」

「ギャップ萌えってやつだね!」

「まあギャップと言えばギャップだな」


 高橋を見てると、本当に不思議な気持ちになる。



 ☆☆☆



 水族館についてパンフレットを貰い、とりあえず昼食を取りながらどこから回るかを話し合う事になった。


「……どっちがいいかな〜」

「どれで迷ってるんだ?」


 パンフレットそっちのけで食べ物のメニューを見る高橋。


 あれも美味しそうだし〜でもこっちも〜と忙しい。


 姉や妹がいる人ならよくある事なので右往左往する高橋を眺めながら俺は聞いた。


「海鮮シチューかエビ盛りパスタで迷ってるんだよね〜どっちも美味しそう……」

「じゃあジャンケンだな。高橋が勝ったらパスタ。俺が勝ったらシチュー。オーケー?」

「え、あ、うん」


 飲み込めていないうちにジャンケンが始まり、勝ったのは俺だった。


「じゃあ高橋はパスタな。俺はシチューを頼む」

「あ、うん」

「味見させてやる」

「え! いいの?!」

「ああ」


 いつも美奈や美香と飯を食べに行った時にしているのがこのジャンケンだ。


 とくに美香は優柔不断であれもこれと食いたがる。

 最初は勝手に選ばれて俺も食べていたが、こっちの方が効率がいい。


 自分で決めなくていいから楽だし。

 そのまま注文して食事が来るのを待った。


「でも良かったの?」

「こういう所のシチューとパスタならどっちでも美味いだろ。むしろ不味かったら面白いけどな」

「それはそうだけどさー。これ美味しそー!! ってならない?」

「……基本的に、食いたいものがある時は決まってるから同じ所しか行かないし、妹がだいたい自分の食べたい物を押し付けてくるからな」


 ハンバーガーが食べたかったらバクドナルド、牛丼ならすぎ家。

 そもそも食に関する好奇心が乏しい。


「自分の興味の外の物を食べれて発見もあるしな。悪くないぞ」

「そういう考え方もあるんだねー」


 そう言って笑って「まあわたしも両方食べれてお得だし!」とニコニコな高橋さん。良かったねぇ。


 ……孫を見るおばあちゃんみたいな気持ちになった。


「まあそれに、食べたかったらまた来ればいい」

「……ふふっ。そだねっ」

「今なにか俺、おかしな事言ったか?」

「ううん。言ってないよ!」


 高橋が謎に笑い、俺が頼んだシチューが先に料理が来た。


 海鮮シチューには貝柱やアサリ、イカなどの具がたくさん入ったシチュー。

 まあ予想通りの見た目だが入れ物が可愛い。


「美味しそう……やっぱりそっちにすれば良かったかなぁ」

「高橋、たぶん逆で頼んでても同じセリフ言ってると思うぞ」

「……ひ、否定できない!」


 高橋が写真を撮りたいというので撮らせた。

 撮り終えるとちょうどパスタも来たのでそれも写真を撮りお互い食べ始めた。


「ん〜。美味しい」

「シチューも美味いぞ」

「じー……」


 たかはしがたべたそうにしちゅうをみている。


「ほれ」

「……食べさせて?」


 羞恥プレイというやつですねはい。

 自分から味見させると言った手前あれだが、やはりこの手のパターンはお決まりなのだろうか……


 期待の篭った高橋の瞳は変わらず俺を見続ける。

 仕方なく貝柱の乗ったシチューを高橋の口元に運んだ。


 美香にした時は全く緊張なんてしなかったし、自分には縁のない事だと思っていたが、ちょっと考えればわかる事だったと今後悔している。


「はむ!……美味しい! 貝柱も柔らかくて味が染み込んでてちょー美味しい!」

「そうか。それはよかった」


 嬉しそうに咀嚼して感想を言う高橋。

 そしてお返しとばかりにパスタを俺に差し出した。


「はい。吉村!」

「いや俺は……」

「あーん」


 なんだ高橋、俺に死ねと言うのか。

 視線だけで死ぬ。でお馴染みの吉村美録だぞこんちくしょう。


「……ん。……美味い」

「ふふ〜ん」


 高橋さん、俺の顔をまじまじと見つめるのやめてもらっていいですかね。恥ずかしいんですが。


 パスタそっちのけで頬杖を付いてにんまり笑顔を俺に向けないで下さいお願いします……


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