第10話 エンターテインメント

『みぃく〜ん、迎えに来へ〜』


 夜21時半、酔っ払った美奈からの電話だった。


『ごめんなさいね、ろっくん。美奈ちゃん酔っ払っちゃってて。タクシー呼ぼうとしたらどうしてもろっくんって聞かないのよ〜』

「ママさん、すみませんうちの愚姉が。すぐ回収に向かいますので」

『ほんとにごめんなさいねぇ』


 途中から電話を代わって謝罪してきたのは美奈の勤め先のスナックのママ。


 筋骨隆々で酔うと上半身裸で白のエプロン姿でカウンターに立つゲイである。

 背中には立派な彫物ほりものがあり、噂では元々そういう所に居たが足を洗ったらしい。


 あんまりにもいい人なので、最初こそ身構えたが、ヤンキーだの不良だのに絡まれていた小学生の頃の事もあり慣れた。


 ちなみに、俺のことを美緑ろっくんと呼ぶのはママさんだけである。

 ギターを担いでそうなあだ名なので個人的には気に入っている。


 電車で1駅、家から歩けば1キロちょいの飲み屋街の為、小走りで姉の回収に急いだ。


 一応は未成年である俺は22時以降は補導されかねない。

 全くダメな姉である。


「あ〜みぃく〜ん」


 抱きつこうとした姉の頭にチョップを入れて肩を担いだ。


「ごめんなさいねぇろっくん」

「いえ。こちらこそすみません」

「ろっくん、彼女出来たんだって? 美奈ちゃんが嘆いていたわよ。私のみぃくんが〜って」

「うちの愚姉は病気なんで気にしないで下さい」


 俺が中学2年の時、親父が海外赴任で居ない間に偶然親父の部屋で発見したエロ本を好奇心に負けてくすねた事があった。


 初めての明確なエロスに興奮と恐怖を漠然と感じつつも自分の部屋に持ち込んだのだ。


 翌日、姉がページを全て破いて肌色満載の折鶴を千羽鶴のようにして糸を通して部屋のドアノブにかけてくれていた。


 中を開いて見れば乳房やモザイクが掛かっている所だけがマジックペンで塗り潰されていた。


 一部特集されていた「☆姉・義姉シリーズもの☆」だけはなにもされていなかったのには弱冠14歳の俺は恐怖した。


「初体験終わったら聞かせてね」

「……機会があれば……」


 そういってママさんとは別れた。


 割と未成年である俺にも平気で下ネタをぶっ込んでくるママさんなのでもう慣れたつもりだったが、高橋とのあれこれとなると別だ。


「みぃくん〜」

「抱き着くな、暑い、酒臭い」


 絡みつくように巻き付かれ胸を押し当てられている。

 普段、風呂上がりに上半身裸で彷徨うろつくような姉なので、今更興奮なんぞはできない。

 媚薬でも盛られないかぎり。


「さっさと帰るぞ。補導されたら面倒だ」


 自宅近くの公園まで歩くと、前から高橋がいた。


「あ……吉村……」

「おう高橋。お疲れ様」

「あ、うん……」

「みぃくん〜アイス食べた〜い」


 高橋の顔が曇ってる……

 勘違いされてる気しかしない。


「姉ちゃん、もう1人で歩けるだろ」

「ええ〜いやだ〜」

「すまんな高橋。うちの愚姉の怠惰な所を見せてしまった」

「へ……あ、お姉さん」

「……ん? 高橋……もしかしてみぃくんの彼女さん?!」


 ああなんかヤバい。

 なんでそこで覚醒すんだよ寝てろよ……


 しかし俺の願いも虚しく美奈が高橋に絡んだ。

 お巡りさんコイツです。


「えへへ〜高橋ちゃん可愛いね〜みぃくんとはどこまでいったの〜?」

「おいエロ親父、高橋から離れろ」


 しれっと「パンツ何色?」とか聞くな。


「すまんな高橋。とりあえずこれを自宅に収容しないとだから帰るわ」

「高橋ちゃん〜今度ウチでご飯食べてかな〜い?」

「え、いいんですか?!」

「あ……その話はまた今度な。うんとりあえず行くぞ犯罪者予備軍。後で反省文書かせてやるからな。ママさんにも禁酒令を出してもらう」

「ごめんなさい〜みぃくん。虐めないで〜……ぐへへ。みぃくんいい匂い」


 泣きつくな鼻水垂らすな拭くな匂いを嗅ぐな胸を押し付けるな。

 いい大人がみっともない。


「じゃあな高橋」

「あ、うん。またね吉村」


 そうして俺は変質者愚姉を引き摺って家に帰った。



 美奈を部屋に蹴り入れてようやっと落ち着いた頃、高橋から連絡が来ていた。

 俺も手がようやく空いたので電話を掛けた。


「もしもし、高橋、お疲れ様」

『ありがと。吉村もお疲れ様』

「さっきはすまんな。姉ちゃんのお恥ずかしい所を見せてしまって」


 普段は飲んでもそこまで悪酔いはしないんだが、たまにこうなる。

 主には俺にやたら絡んでくっついてきて構ってちゃんが始まる。


 美香はたまに胸を揉みくちゃにされるくらい。


『吉村が美人で巨乳なお姉さんとくっついてたから、ちょっと妬いた……かな』

「ああ。高橋が一瞬そんな顔したから慌てた。すまんな」

『でもよくお姉さんを見たら、コンビニに来てたりするお客さんだったなぁとか思って』

「よく覚えてるな、客の顔」

『それはまあ、大きいし……綺麗だし……チョコミントアイス2つよく買って帰るし……大きいし』


 なんで胸が大きいという事を2回も言ったんですかね。聞かない方がいいだろう。うん。


 俺と美香はチョコミン党だが美奈はそうじゃない。

 大体いつも不君ぶきみ大福を食べている。


『よ、吉村は……やっぱり大きい方が、好き?』


 高橋がわざわざ地雷投げ込んできやがった……

 世の女性の地雷シリーズの1つである。

 ちなみに最も有名かつ難易度が高いのは「ねぇ、私っていくつに見える?」である。


「万物は大きくても小さくても等しくエンターテインメントである。と俺の好きなラジオマンは言っていた」


 まあ、高橋はそもそもそこまで胸は小さくはないだろう。たぶん。


 あんまり高橋の胸をまじまじと見た事はないからわからん。

 下心丸出しとか思われたくない。


『ラジオマンさんの話じゃなくて、吉村の好み……の話』


 上手く逃げたと思ったが追撃が来た。

 なんでここで恥を忍んでわざわざ更に聞くんだよ……

 童貞に優しくないですよ高橋さん。


「……個人的には別に。俺は高橋のサイズがいくつとか知らんが、高橋くらいがいい……気がする、うん。服とかの着こなしとか、スタイルよく見えるしバランスいいと、思いますはい……」

『わたし、C……』


 Bよりだけど……と悔しさと悲しさの篭った声で呟いた。

 まあ、美奈と比べて負けた気持ちにもなるのだろう。


 世の貧にゅ……控えめなお胸の方々が悩むのはBとかAだと思っていた。


 ……高橋のサイズはCですか。そうですか。

 悶々とするのでそんなカミングアウトは止めてね。夜だし。


『ほ、ほんとに好き? わたしの胸で、そのぉ……エッチな気分になったりする? ……』


 完全に暴走してますよ高橋さん……

 俺もパニック。


 世のイケメン男子共はどうやっていい感じに躱したり丸め込んだりしてるんだこんな展開で。


「…………そんな気分になったりもする、と思うが、そういう風に高橋を見たくない、な。……今は、高橋を高橋として見ていたいし。……あ、いや、別に女としての魅力がないとかじゃなくてだな」


 女性問題としてたまにドラマや映画であるが、女性の誘惑についてである。


 例えば一糸まとわぬナイスボディな女性が横たわって眠っているふりをして誘惑しているとしよう。


 部屋には2人きり、恋人同士でもない場合とかどうしたら正解なのかとたまに思う。


 一切見向きもしない場合、女としての魅力がないと騒ぎかねない。


 かといってまじまじを全身を舐め回すように見るのも「変態」と言われかねないし通報されたら人生が詰む。


 女性を立てるという意味でも手を出すべきか、己の保身を考えるかの究極の2択と言っていいだろう。


 そもそも誘惑してるかなんて童貞に分かるわけがない。

 関係性と思惑はまた違うのだろうし。


 わかりやすく「性的交渉申請」みたいな札とか無いんですかね?

 空気で察しろとか難易度高すぎ問題。


『吉村、ありがとね』

「お、おう……」


 好みの胸の話を答えされられてお礼を言われる。

 カオス過ぎる……


「まあそのなんだ、後でお互い死ぬほど恥ずかしくなるとは思うが……」

『そ、それは言わないで!』


 高橋が無理やり『吉村おやすみっ!』と言って電話を切った。


 明日が休みで良かったと思えた。

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