第9話 駆け引き

1曲目からガンガン飛ばしていた川崎は歌い終えて楽しそうに微笑みマイクを握った。


俺は川崎たちバンドに圧倒されていた。


「今日はクラスの友達も連れて来てるから、めちゃ張り切ってるどーも川崎っす」


一条叶葉は「恵那様ァァァァァァ!!」と高橋の横で悲鳴を上げている。


俺は俺でこの場で浮いているしさっき川崎のファンから殺気を感じつつも川崎の歌に魅了されている。


MCをしながらバンドメンバーの紹介をして次の曲を歌う川崎。

E'zのカバーを1つ歌うらしく、俺はより一層真剣に聞いた。


アドレナリンがドバドバ出るE'zの名曲のひとつだ。

一般の知名度はそこそこだがE'z好きならメジャーな曲。


ライブハウスで歌う分には問題ないアップテンポさで会場は盛り上がっている。


川崎の汗が光りながら落ちていく。


「吉村! 楽しいね!!」


横にいた高橋が大きな声で俺を呼んだ。

それでも近くでなければ聞こえないような会場で、高橋は楽しそうに俺に笑いかけた。


「ああ」


俺はみんなみたいにはっちゃけて笑ったりはできない。

けど、湧き上がる高揚感を高橋と一緒に感じられたのは、自分にとって良い事だと思えた。


「ありがとー!!」


川崎が2曲目を終えて再びMCに入った。

息を切らしながらも満面の笑みを浮かべながら進行する。


「今日来てるクラスメイトに1人E'z好きが居るから内心バクバクだったわー!!」


そういいつつも楽しく笑う川崎。

そんな川崎を見てファンたちも笑っている。


全く怖気付いている様子なんて微塵も感じさせない歌を歌っておいてよくも言えるな。


最高でしたありがとうございます。


「うっしラスト行くよっ! 失神すんなよお前ら!!」


そうして川崎は3曲目を歌い終えてトリのバンドへとバトンタッチした。



☆☆☆



「恵那様、最高でしたわ……」

「条ちゃんありがとー!」


LIVEが終わって外で待っていると川崎が俺たちの所に来た。

一条がハァハァしながら川崎に抱き着いた。

限界オタクという概念を初めて目撃した。


「えななんお疲れ様!」

「みなもっちゃんありがとー!」


女子3人でわちゃわちゃしているのを俺は1歩引いた所から眺めていた。


LIVEは十分に堪能した。

早く帰りたい。


「吉村も今日はありがとねー」

「おう。お疲れ様」

「どうだったよあたしのカバーは!」

「文句の付けようがないな。あとE'zの稲本さんに寄せ過ぎて面白かった。歌詞の最後のあの独特なビブラートとかとくに」

「流石は吉村じゃん。変態的によく見てんなぁ!」

「変態的は余計だな」


実質タダで聞かせてもらったのだ。

感想くらいは伝えなければバチが当たるだろう。


「それでは皆さん、わたくしはそろそろ帰宅させて頂きますわね」


見ると黒塗りのセダンが近くで待機していた。

流石お嬢様。送り迎え付きか。


「条ちゃんまたね!」

「恵那様! またLIVE来ますわ!」


最後まで限界オタクで手を振りながら帰っていった。


「じゃああたしはライブハウスの片付けしてくから、2人は帰っててー」

「うん。えななん、今日は楽しかった!」

「あたしも楽しかった! またやるから来てね!」

「うん!」


2人仲良く抱き合いながら和気あいあいと別れ際の会話をする。


「吉村も今日はほんとにありがとな」

「面白かった」

「次やる時はまた来てくれよな」

「考えておく」

「まいどあり!」


こいつ、商売上手だな。


俺と高橋は川崎と別れて帰りの電車に乗った。


「ほんとに楽しかったね!」

「そうだな。1人では絶対来れんが」

「あはは。また一緒に行こうね」

「おう」


なんだかんだ21時を過ぎていて、電車の乗客も疎らだ。


「でもあれだったな。1番目2番目のバンド、川崎たちより年齢は上っぽかったな。どういう順序で組まれてるんだ?」

「ライブハウスによって変わるらしいから詳しくは分からないかなー。集客数を重視してたり、友人のライブハウスだとどうとか」


川崎の歌やバンドの技術などを見るに1番目2番目よりも上手いように感じた。


「今回の各バンドの実力とか人気度を考えるに、人気順序っぽい気はしたな」

「えななんは歌上手いし、トリのバンドさんとも実力? はおんなじくらいな印象だけどね」


川崎のバンドは全員女子のガールズバンド。

トリのバンドは全員男性だった。


人気はトリのバンドの方が多かったが、ファン比率の絶対数がそもそも違うのだろう。


年齢による経験値の差も加味されているのだろうし。


「川崎たちももう少しすればトリのバンドとか主力バンドみたいな立ち位置にはなれそうだな」


カリスマ性や実力を見れば高校卒業した頃にはもっと人気が出ているだろう。


「吉村、えななんの歌気に入ったんだ?」

「まあ、な。それなりに」

「ふ〜ん」

「あ、いや、あの……高橋さん?」

「なんですか吉村美緑さん?」


あれ、ちょっと不機嫌ですよね、高橋さん?とは聞けない。ミスった。どうしよう。


「吉村くん、わたし今度2人で水族館に行きたいかなー」

「あ、はい。行きましょういつがいいですかどこがいいですか」


川崎を褒めたらなぜか形勢逆転してるんだが……

まあなんか本気で怒ってるわけじゃなさそうだけどさ。


「ペンギンが観れるとこがいい!」

「ペンギンな。調べとくわ」

「言質とった〜」

「さすが高橋部長」

「うむ。吉村課長。今後も末永くよろしく!」


コントじみた会話に笑顔の高橋の敬礼。

しれっと「末永く」とか恥ずかしいんだが。


それでも2人でそうやって笑っている光景を少し前までは想像も出来なかった。


「ああ、よろしく」


高橋の笑顔で、俺も少しは自然に笑えた気がした。



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