第8話 空気感
川崎たちが出演するLIVEの当日。
俺は高橋と一緒にライブハウスへ向かっていた。
場所を知らないし、川崎からの招待という名目が言い訳になるという個人的な言い訳のような建前で高橋と一緒だ。
「……ライブハウスか……」
「吉村、ほんとはやっぱ嫌だった?」
俺の隣で並んで吊り革に捕まる高橋が覗き込みながら聞いてきた。
「……あんまり元気な人が多い所は苦手でな。バンドマンがどんな歌を歌うのかとか、音響とかは気になる。心底行きたくない、というわけじゃない」
「あはは。吉村らしい感じする。音響とか気にした事ないなー」
「まあ、ああいう場所は雰囲気と暴力的な魅力を楽しむもんだろうし、普通はそれでいいと思うぞ」
行ったこと無いから勝手な想像だけど。
「暴力的な魅力、なんかかっこいい響き」
不意に、高橋のピアス穴の空いた耳が目に入った。
そういえば、俺が金髪ギャルは怖いと言ってからだ。
黒髪ロングになり、ピアスなども付けなくなった。
高橋の中では清楚系が俺は好みだと思ってそこまでしてくれているのだろう。
高橋の服装は白のTシャツに黒のスキニーパンツ、薄手のグレーのパーカー。
黒髪ロングが映えるシンプルな服装でクールに見える。
学校じゃないし、ましてやライブハウスに行くならピアスや尖った服装くらいは普通だと思っているから、今日くらいは付けるだろうなぁと思っていたけど。
「高橋は、よかったのか?」
「んー? 何が?」
「その……服装とか、ピアスとか」
「……似合って、ない?」
「あ、いや、いいと思う。けど、こうなんていうか、俺に合わせてくれてるのかなって……」
そもそも高橋の私服は初めて見たから、金髪の時の高橋と普段の印象なんて比較しようもないが、俺と居ても違和感の無いようにと意識したような感じの服選びだと思った。
「……好きな人に、合わせたいって思っただけ……」
耳を赤くして窓の外を眺める高橋。
俺もその気恥しさに当てられたと同時に、俺は高橋を歪めてしまっているのだと思った。
俺なんかの為にしてくれたという嬉しさと、俺のせいで自分らしさを無くしてしまうのではないかという不安。
今まで、ここまで深く誰かと関わったら事なんてほとんどない。
これは、これでいいのだろうか。
俺にはわからない。
「金髪ギャルが怖いっていうのは、昔そいつに色々されたからなんだ」
「……」
電車が揺れて、わずかに当たるお互いの肩に距離の近さを思い出した。
「小さかった俺を助けてくれた人もいたけど、人の心に簡単に入ってきて、また居なくなるなら、俺はもう独りでいい。そう思ってたから、金髪ギャルは怖いって高橋に言ったんだ。ギャルギャルしいのはまあ、確かに好みかと聞かれたらアレだが、別に高橋のファッションセンスを否定したかったわけじゃなくて」
また肩が当たった。
しかし今度は高橋が俺を見ながら嬉しそうに優しくぶつかってきた。
「ありがと。吉村」
はにかむのを堪えているようなにんまり顔。
それを見て俺もまた恥ずかしくなった。
「じゃあ今度デートする時はピアスくらいはしてこうかな」
「お、おう」
しれっとデートの約束を取り付けられてしまった。
☆☆☆
「かなちゃ〜ん。お待たせ〜」
「こんにちは。高橋さん。吉村さん」
ライブハウスの入口前で待っていた一条叶葉。
金髪で白のワンピースというお嬢様感溢れる雰囲気がこの場に最も合っていないようにも感じられた。
スタイルもよく同年代よりは大きい胸も相まって上品な色気もある。
「さあ入りましょう!」
「そだね」
やけに張り切っている一条叶葉。
そういえば、川崎にセトリのネタバレはどうか、と言っていた。
高校が始まってまだ一学期も終わっていないのに、どうしてそこまでファン魂があるのだろうか。
予め川崎から貰っていたチケットを受付に見せて中に入った。
「……早々に帰りたい……」
リア充パリピウェイウェイアゲアゲマックスな雰囲気が暗めの照明にも関わらず全身に感じる……
高橋がチラッと俺を見て小さくガッツポーズをして励ました。
不意打ちで可愛いかった……ちくしょうめ。
高橋が事前に川崎に連絡していたらしく、会場には川崎がこっちに手を振って向かってきた。
既にファンに声を掛けられていたのに断ってこっちに来たから、ファンに睨まれている……
わぁこわい。
「吉村もちゃんと来てんじゃん〜」
「……まあ、チケット貰ったしな」
「みなもっちゃんも吉村の連行ご苦労!」
「当然の公務であります川崎警部!」
高橋がわざとらしく敬礼して愉快に戯れている。
その隣では川崎をうっとりと見つめる一条叶葉。
「じゃああたしは控え室戻るね」
「川崎さん、見てますね」
「条ちゃん見ててね!」
颯爽と駆けつけ颯爽と控え室へ消えた川崎。
それから間もなくして1組目のバンドのLIVEが始まった。
前座の割には上手い方な気がした。
ぎこちなさはあったが、ボーカルとドラムがよかった。
2組目、バラードから入ってアップテンポな曲を2曲。
バランスよく普通だったが、安定感があった。
ボーカルのMCが上手くて、愛されるバンドだろうなと思った。
そして川崎たちバンド。
「……待ちわびましたわ」
会場の空気もわりと温まってきている中、普段はおしとやかな一条からは想像も付かないようなウキウキ顔だ。
暗がりに立つ川崎。
先ほど明るく手を振っていた川崎とは思えないような雰囲気をステージから感じた。
ベースから入り、ギターが加わり照明が川崎たちを照らした。
眼を光らせ無邪気に笑う川崎。
悪魔が純粋に笑えばきっとこんな顔をするのだろうと思った。
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