第7話 ライブハウスにようこそ

 熱気に包まれているライブハウス。

 広くはないこの空間では誰もがステージに立つバンドマン達を見つめている。


 メジャーデビューしてるわけでもないバンドマンたちであるにも関わらず、熱狂的に発狂し暴れるように熱烈に全身で気持ちを表すかのように各々の推しの名を叫ぶファンたち。


 4バンド出演するうちの3番手、川崎のバンドが1曲目を終えた。


「今日はクラスの友達も連れて来てるから、めちゃ張り切ってるどーも川崎っす」


 1曲目を終えて自信満々にMCを始める川崎。

 俺の横には高橋がいて、その高橋の横には「恵那様ぁぁぁぁ!!」と叫ぶ一条叶葉。


 ……どうしてこうなった……


 あまりにも場違いな服と雰囲気の俺は、そう思いつつも川崎たちバンドマンを観ていた。



 ☆☆☆



「吉村! 今度LIVEするから来ない?!」


 午前の授業が終わり、買ってあったパンを持って放送室へ向かおうとした矢先。

 川崎は勢いよく俺の机を叩き付けるように両手を置いて誘ってきた。


 ……近いです川崎さん。

 ギャルって基本的に距離近くない?


 視界の隅から集まる視線が辛い。


「……LIVE?」

「そう! LIVE!! あたしさ、ライブハウスでバイトしてんだけど、たまにそこでLIVEしてんだよねー。で!今度LIVEすんの! だから来て! てか来い!!」


 お誘いからお願い、そして最終的に命令になった。

 新手の詐欺師でも会話してものの1分でそんな口調で迫ってきたりはしないだろ……


「と言われてもな……」

「今回はチケット代は初回って事で無し! セトリに1曲E'zのカバー入れてるから!!」

「なに、E'zのカバー、だと……」

「そう!」


 川崎の奴が俺の顔を見てニヤニヤしている。

 俺が断るのを想定していてE'zのカバーを入れてきたのか?


 いやいやいや、好きだからと言って気軽にLIVEのセットリストに好きなバンドの曲を簡単に入れたりはしないだろう。


 元々の持ち曲としてあるのだ。

 つまりは自信のある曲。


 間違っても、俺と仲良くなりたいとか、俺の事が好きで思いつきで歌う、なんて展開はないだろう。


 要するに、歌を聴きに来いという単純なお誘いでありそれしかない。


「吉村、えななんの歌はすっごく上手いから見に来たら? わたしも行くし」


 川崎との会話に高橋が入ってきた。

 助かった。


 高橋はクラスの中でも合法的(約束事を守った範囲)に会話に参加してくる。

 俺自身、川崎との一対一での会話は限界がある。


「川崎さん!セトリのお話はまだお控え下さい!」

「あ、ごめんごめん〜」

「恵那、いつLIVEするの?」

「次の土曜の夜17時開演。彩芽は来れそう?」

「その日ガッツリ練習入ってる〜」

「マジか……」


 高橋に続き一条叶葉と辻川彩芽も俺の席に群がってきた。


 ……なんで俺の席が溜まり場みたいになってんだよ。

 居心地が半端なく悪い。


「……川崎、ちょっと考えさせてくれ。今から放送室行かないといけないから」

「あ、せっかくだから行っていい? 放送室ってどんな感じか見たいんだよねー」

「川崎さんが行かれるなら私も」

「わたしも行く」

「なにそれ面白そう! 行きたい!」


 ……俺の聖域サンクチュアリが、ギャル達に脅かされる。

 まあ、高橋入れたりしたし、そもそも俺の部屋ではないけども。


 俺の合意を求めずに歩き出す川崎たち。


「……高橋、鍵取ってくるから川崎たち案内しててくれ」

「あ、……うん。わかった」


 面倒な事になったと思いながらも仕方なく職員室へ行き鍵を取って放送室へと歩く。


「……そういえば高橋、一瞬変な顔したな……まあいいか」


 俺から高橋に声を掛けたから一瞬戸惑っただけだろう。

 普段は関わらないように言っていたのは俺である。

 あの反応でも問題ない。


「吉村おっそい! お腹空いたんだけど〜」

「ああ、すまん」


 それぞれがお弁当やらコンビニ袋なんかを持って放送室のドアの前で立ち話に興じていた。


 それにしても川崎はよく喋る。


「放送室で暴れたり勝手に物を触ったりはしないでくれよ。先輩のギターとかもあるから」

「エレキならワンチャン弾いてもよき?」

「恵那、話聞いてた?」


 辻川は思いのほか常識人のようだ。

 川崎にしっかり首輪を付けていてほしい。


 とりあえずドアを開けて高橋たちに適当に座るように促して俺は曲を流す準備を始める。


 わちゃわちゃ騒ぐ川崎たちを無視して機材を起動させてアーティストのアルバムを手に取り音源を流す。


「吉村〜今日はE'zじゃないのかよ〜」

「毎日流すと苦情が来たりするかもしれんしな。しれっと週1、2で流すのが無難なんだよ」


 俺だってできるならE'zは毎日流したいし、好きなアニソンとかボカロとか流したい。


 だがあくまで放送部、権力を行使すると言っても無難な範囲での選曲は必要だろう。


 洗脳は気付かれないようにゆっくりとするものだ。


「でさーLIVEなんだけどどう?」

「……ああ、LIVEな」


 ちょっと考えさせてくれとは言ったがほんとにちょっとだな。まだ考えてなかったが。


「吉村さん、そもそもライブハウスなどには行かれるんですか?」


 ゴミを見るような目を柔らかくしつつも俺を見る一条。


「……いや。行ったことない、けど」

「だよねー。そんな感じするし」


 有名アーティストのLIVEはもちろん、ライブハウスのLIVEも行ったことはない。


 というかまず俺が行けるわけがない。

 ソロプレイヤーと言えど、イケイケでアゲアゲなパリピしか居なさそうな所に俺が独りで行けるわけがない。


「吉村1人だとアレだし、友達も一緒ならその分チケット用意するしさ。来てよ」

「……」


 友達がいないのに、ライブハウスに一緒に来てくれそうな友達を選定して来いという。

 こいつ、全人類友達だと思ってるだろ絶対。


「まあ次の土曜だと都合つくかわかんないと思うけど、わたしたちも居るし」


 若干変なフォローを高橋からされた。

 ……高橋がぼっちな俺をフォローしつつもLIVEに行く方向へ持っていく。やるな、高橋。


 行かないという選択肢がどんどん遠くなっていく。

 そんな俺を他所に学校にはLiNAのタソガレ双眼鏡が流れる。


 ぼっちには響く曲だが、この和の中に入っていけと言うのかLiNAよ……


 まあ、高橋がいる分まだいい。

 それに、川崎の歌うE'zは確かに気になる……


 それに、この状況でそつなくヘイトを向けられずに断れる技術を俺は持ち合わせていない。

 それがあればこんなにぼっちになっていないだろう。


「……わかった」


 俺は一瞬高橋を見てからそう答えた。


「よっしゃ! 期待してろよ吉村! あたしらバンドのファンにさせてやる!!」


 張り切ってますね、川崎さん。

 ……俺がライブハウス通いになるその後は全く想像はつかん。


 そのままトントン拍子に連絡先交換までさせられて俺の昼休みは終わった。

 終始川崎が楽しそうに話していて、高橋も楽しそうだった。


 ……辻川がたまに俺を観ていたのが若干気疲れした。


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