第6話 エンカウント

 水曜の午後6時、俺は学校終わりにザワーレコードに来ていた。

 なにせ今日はE'zのアルバムの発売日である。


 親父が世代でよくドライブを連れて行って貰っていた頃はひっきりなしにかかっていて、そのせいでよく聞いている。


 未だにLIVEには行けていないのが非常に残念だが、社会人になって懐に余裕が出来たら死ぬ前にせめて1度は行きたい。

 じゃないと逝けないまである。


「あれ? 吉村?」


 頭で理解するよりも前に赤の危険信号が俺の全身を駆け巡った。ヤバい、死ぬ。


「だよね? 名前合ってる? よね?」

「……」


 横を向くと、川崎恵那が居た。

 なぜここに川崎がいる?! というかなぜ俺の名を知っている?!


「……ああ。そうだ」


 カツアゲでもされるのだろうか?

 E'zのアルバムを目の前にして金銭強奪はマジで勘弁してほしい。

 どうする、警察を呼ぶべきか……


「てか吉村もE'z好きなの?」

「……ああ。そうだ」

「今日リリースだから買いに来た感じ?」

「……ああ。そうだ」


 俺、「……ああ。そうだ」しか言ってなくないか?

 どうやら川崎を目の前にして俺はNPCになってしまったようだ。


「あたしもなんだよね〜。これからバンド練習なんだけどさ、その前に買っとこ! 的な」

「……川崎もE'z、好きなんだな」


 川崎がE'z好きだと知って、警戒レベルが一気に下がってしまった。

 だがまだわからん。


 E'z好きに悪い奴はいない説が本当なのか、俺は実際に体験した事はない。


 その説を疑っているわけではないが、川崎次第でこの説は科学的に証明されるだろう。


「そーなんだよ〜小さい頃からMエモ観てたんだけどさ、中学の時にMエモのオープニングがE'zの宮本さんって知ってそれからなんだよね〜」


 ミュージックエモーションのオープニングは俺もE'zを好きになって少ししてから知った。


 そして結論、E'z好きに悪い奴はいない説は正しい。

 クラスメイトのモブ風情と話す中でしっかりと「さん」付けしてる辺りが正しいと言える根拠だ。


「それでシビレてさ〜あたしもこんな風にギター弾きたいって思ってさ」

「確かに憧れるよね」

「でしょ?! Mエモ! って感じするし!」


 悪い奴はいない説どころか、こいつ良い奴だな。

 楽しそうにE'zの話する奴は良い奴だ。


「あ?! ヤバいもうこんな時間だ! 練習行かなきゃ。吉村またね」


 去り際にしっかりとアルバムを手に取り颯爽とレジへと向かっていった。


「……びっくりしたが、クラスにE'z好きがいると知れたのは良かったな」


 日本一のロックバンドとはいえ俺も川崎も世代ではそもそもない。


 E'zの曲をカラオケで歌える奴はいるだろうが、E'zきっかけでギターを始める奴が周りには居なかった。

 というかそもそも俺には友達がいないんだったわ。うん。


「せっかくだしもう少し漁ってから帰るか」


 俺は店内をうろついてから帰った。



 ☆☆☆



 次の日、俺は昼休みに放送室から昨日買ったE'zのアルバムを垂れ流した。


 普段は満遍なく違うアーティストの曲を流したりするが、今日は仕方ないだろう。

 放送部という権力を行使させてもらう。


 むしろこの為に放送部に入部したまである。


 存分にE'zをかけ、次の授業が始まる前に教室に戻ってきた。


「あ!吉村!」

「?!……ど、どうした川崎?」

「さっきまでE'z流れてたのにどこ行ってたの?! 聴いてた?!」


 まさか教室でいきなり声をかけられると思っていなかったのでかなり動揺した。したというかしている。


 川崎が俺の名前を呼んだ事により俺らに視線が集まる。

 死にそうだ。川崎よ、俺はマンボウ並のメンタルなんだ。うっかり死ぬぞおい。


「き、聴いたもなにも、流したの俺だし」

「マジで?!」

「……放送部、だから」

「マジか最高じゃん!!」

「お前ら席つけ〜」


 川崎の猛攻で疲弊する中、俺はチャイムに救われた。

 みんな、マンボウと俺には優しく接して下さい。

 急に叩いたり大声で呼んだりしないで下さい。


 いそいそと席に着く時に不意に高橋と目が合った。

 そして高圧的な視線も一条叶葉からも感じた……



 昼一の授業が終わり10分休憩、川崎が仕掛けてきた。


「吉村が放送部って知らなかったわー」

「……そ、そうか。別に言ってないしな」


 いつもなら高橋たちと喋っているのにも関わらず単独で俺の所に来て話しかけだした。


 これ死んじゃうやつだ。マジで。


「なんで昨日言わなかったの?聞いてたらあたしもかけてほしいE'zの曲あったのに〜」

「明日、明日かけるわ。うん」

「マジで?! 流石はE'z友達!」


 もう友達だったらしい。

 知ってました吉村の奥さん? 知らなかったわ〜。


 川崎のコミュ力化け物は想像以上だった。


「吉村ってえななんと仲良かったの?」


 高橋が助け舟か会話に参加してきた。

 助かる。危うく死ぬ所だった。

 いや、囲まれただけだった……


「恵那さんと吉村さんがお友達だったとは知らなかったです」


 ニッコリと微笑みこちらに近寄ってくる一条叶葉。

 あ、あの、一条さん、目が笑ってないのは気のせいですか?怖い。


「そーそー。昨日さ〜」


 と成り行きを話す川崎。

 昨日の今日で友達って、紹介しますか普通?

 一緒に冒険とかしましたっけ?


 まあ、E'z好きだからいいか。

 仕方ない。


 その後は川崎が喋り倒して次の授業が始まり、俺は九死に一生を得た。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る