第5話 吉村美緑の朝

 俺の朝は早い。


「……お、そう言えば今日から無料10連ガチャか……」


 まずソシャゲのログインと日課クエストをオートモードでこなしつつ顔を洗う。


「……ああぁ……ねむい」


 そして制服に着替えてリビングへ。


「おはよ。お兄ちゃん」

「おう」


 パジャマにエプロン姿の美香がさくっと作った朝ご飯を咀嚼しつつ天気をチェックする。

 不意な雨で靴が濡れるのは嫌いだ。


「ご馳走様」

「うむ」


 空いた皿を洗い7時に家を出る。

 駅まで10分、電車で7駅、駅から高校までが10分。


「……」

「……ッ!」


 高橋が駅に居た。

 いつもはこの時間には高橋は居なかったはず。

 なぜここにいる。


 しかも俺を見つけてパッと顔を明るくしたけど話しかけない約束を思い出したのか若干挙動不審。

 そして高橋からラインが来た。


 ★みなも★

『吉村! おはよ! (*`ω´*)ฅ』


 吉村美緑

『おう』


 ★みなも★

『通学中も関わっちゃダメ……だよね|ω・)』


 吉村美緑

『そうだな』


 ★みなも★

『だよね……( .. )』


 吉村美緑

『高橋と一緒に居るのを高校のやつに見られるわけにはいかないからな』


 ★みなも★

『だよね。……ごめんね』


 悲しそうな顔をする高橋。

 ……なんか、少し違うニュアンスで伝わってしまった気がする。


 そもそもラインなんて家族の業務連絡でしか使ってない。

 普段の語彙力はラインの文面にも現れるらしい。


 吉村美緑

『学校終わったら電話する。バイトか?』


 高橋はただでさえ大きな目を丸くして俺を2度見した。


 ★みなも★

『え、バイト。電話? いいの? (=゚Д゚=)』


 吉村美緑

『じゃバイト終わった頃に電話掛けるわ。約束事について少し話がある』


 ★みなも★

『うん(≧ω≦)』


 こっちを見てニコニコしだす高橋。

 感情表現が豊かだな。

 俺なら表情筋がつる。


 その後はとりあえず学校についてすぐに寝た。



 ☆☆☆



 放課後の放送部の仕事を終えて家に帰り、晩御飯を食べて風呂に入ってソシャゲをして夜21時を5分ほど過ぎた。


 吉村美緑

『バイト、終わったか?』


 ★みなも★

『うん(*`ω´*)ฅ 終わった ٩(ˊᗜˋ*)و』


 吉村美緑

『お疲れ様』


 ★みなも★

『ありがと (≧ω≦)』


 吉村美緑

『電話いいか?』


 ★みなも★

『うん (^^)』


 電話コールも鳴らずに高橋は電話に出た。


「……もしもし?」

『もしもし吉村?』

「おう。お疲れ」

『吉村もお疲れ様!』

「まあ俺は放送部の仕事しかしてないけどな」

『放送部も大事だよ? うん』


 今日もバイト終わりで疲れているだろうに変わらず元気だな。


「朝に話した約束事の件なんだが」

『うん』

「……なんて言えばいいか」

『なにそれ〜』


 電話越しに笑う高橋。

 笑われてはいるが、高橋に笑われても嫌な感じはしない。


「なんて言うか、だな……ちょっとニュアンスきつかったかな、と。文面的に。別に高橋といる所を見られるのが恥ずかしくて見られたくないというわけではない、というか……」


 ゆっくりと頷いて俺の言葉を聞いてくれる高橋。

 口下手だから助かる。


「俺と一緒に居るのを見られると、高橋に迷惑がかかるからでだな」

『? なんで?』


 そうだった。

 高橋は無自覚系カースト上位者だった。


 ……なんて言うべきだ?

 お前のつるんでる友達は俺をゴミ屑のように思っている可能性があるからだ。なんて言えないよな?


 それはそれで失礼だよな、高橋に対して。


「まあとにかくそうなる可能性がある。それだけだ」


 考えてみれば、放送室で約束事について話をした時にもちゃんと言えてなかった。


『わたしに迷惑がかかるなんて事無いと思うけど……』


 不満げな返事。

 それは仕方ないだろう。


 玉手箱らしき箱を渡されて「絶対に中を開けるな」と言われて聞いても教えてくれなかったら気にもなるだろうし。


『……とりあえずわかった』

「おう」


 高橋良い子だな。とりあえず飲み込む精神。

 いい社畜になるだろうな。


「そういえば、なんで今日は早かったんだ?」


 悪意があった訳では無い事はとりあえず伝えた。

 あとは適当に会話を振って話して終われば有耶無耶にできる。


『それは……吉村に会えるかなって、思って……』


 まさかの地雷?!

 電話越しに恥ずかしがる高橋に困惑する俺。


「お、おう。そうか」

『うん』


 いや、嬉しいといえば嬉しいですよ? 一応。

 だがまさかの不意打ちだし直球だしで死ぬ。


『……一緒の電車に乗るの、嫌だった?』

「いや、そんなことはないが」

『そっか。良かった。たまには一緒の時間に乗ってもいい?』

「ああ。問題ない」

『ありがと。じゃあそろそろお家着くから電話切るね?』

「おう。わかった」

『吉村、おやすみ!』

「……おやすみ」


 そうして電話を切った。

 なんかどっと疲れた。ただ嫌な疲れではなかった。

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