第20話 ロリ高橋

「布掛けるわね」


 暖かいお湯の軟らかい水音が耳元で流れる。

 頭を撫でるようにお湯で濡らしていく高橋ママン。


「熱くない? 大丈夫?」

「大丈夫です」


 美容室に行くのは生まれて初めてだが、頭を洗ってもらうというのは非常に心地が良い。


 小さい頃の記憶では既に親父がゲラゲラ笑いながら雑に頭を掻き回していたから痛いのなんの。


 女性だとこうも違うのか、または高橋ママンが優しく洗ってくれているだけなのか。


「ちょっと頭上げるわね」


 シャンプーの泡で手を滑らせて首元から頭を持ち上げて後頭部を洗った。


 反射的に俺も首を上げて対応したが、なんか変な感じだ。悪くは無いが。


「流すわね」


 再び心地良い温度のお湯を掛けられていく。

 あらかた流し終えて今度は柑橘系のトリートメントを付けられた。


「……いい香りですね」

「ふふっ。そうでしょ」


 そしてトリートメントも流し終え、タオルで頭を拭かれた。

 親父のような荒々しさはなく、心地良い。


 耳の穴付近も拭かれて一瞬ビクッとしたが、嫌な感じではなかった。


 上体を起こされてドライヤーで髪を乾かす。

 高橋ママンの繊細な指先の柔らかさに安堵する。


 なんか、寝そう。

 女性に髪を乾かしてもらうのはこんなにも気持ちがいいのか……


「こっからはパーマよ」

「初めてしますね。パーマ」

「臭いは独特だから慣れるまで鼻が辛いかもだけど」


 後ろの首元からおでこにかけてタオルを巻かれ、そこからさらに髪の毛を巻かれる。


「で、美録君。水望とはどこまでいったの?」

「っぶッ!!…………どこまでって言われましても……」

「水族館連れてってもらった〜とかは言うのに、そういう話はしてくれないのよねぇ」


 え、なに、最近の若い子ってそんな話を親とするのは当然なの? 美録びっくり〜


 いや、高橋は話してないんだから普通ではないのだろうきっと。きっと……


「……別になにもしてません、よ?」

「手は繋いだ? キスは?」


 誰か助けて……

 これって新手のセクハラですよね? そうだよね?

 作業は問題なくこなしながら聞いてくる高橋ママンが俺は怖い。


 美容師さんなら当然なのか。たぶん。


「……手は繋ぎました。……水族館見たあと……それだけですはい……」


 胸元の絶景の話はしないでおこう。

 行為には該当しない。ただの事故。

 情報漏洩と一緒だ。

 そもそも、山頂は見えていないのだからセーフ。


「う〜ん! 青春って感じねっ!!」

「は、はぁ。まあ、16ですし」


 セッティングを終えて液体を取り出して巻いてある髪にかけていく。

 確かに独特な鼻をつく臭いだ。


 頭皮にも垂れてヒヤッとした。


 パーマ液をかけ終えて透明なビニールのズキンみたいなものを頭に被せられて輪っかの機械が俺の頭の上で回っている。


 チリチリと髪を焼くような音がわずかに聞こえてきた。


「美録君、時間かかるから雑誌でも……あ、そうだ美録君。水望の小さい頃の写真とか見る?」


 目を輝かせて勧めてくる高橋ママン。

 眩しすぎて目を逸らしたくなる。

 なにその純粋な子供みたいな目。


「……なんかそれは、高橋に悪い気が……」

「可愛いわよ?」


 親バカ、という言葉を他人に対して使うのは失礼だが、高橋ママンは完全に親バカである。


 だがしかし、こうも勧められては断りづらい。


 仮にも彼女。

 興味が無い素振りをするのは返って失礼。


 それにまあ、気にならないわけではない。


「じゃ、じゃあ見ます」


 笑顔でタブレットPCを持ってきた高橋ママン。

 揺れてます。揺れてますよ奥さん……


「アルバムは家なんだけどね、写真はこっちにも入れてるのよ〜」


 手渡されて1枚1枚見ていく。


 ロリ高橋がそこにはいた。

 なんだろう、背徳感あるな……


「小さい頃から、似てるんですね」


 幼稚園児らしい高橋と、高橋ママン、それから旦那さんの3人で水族館で撮ったと思しき写真。

 とても幸せそうな高橋。


「そうなのよ〜私に似てるのよ〜もう可愛いくって〜」


 捲っていくと、小学生の入学式の写真が目に入った。

 そこから、高橋の隣にいるのは高橋ママンだけになっている。


「水望が小学生になる頃に旦那が事故で亡くなってね」


 高橋が言っていた、幼稚園の頃に行ったっきりの水族館。


 それが、亡くなってしまった父親との最後の思い出なのだろう。


「水望ね、美録君との初デートが水族館だったからとっても嬉しそうだったのよ。直前までは水族館に行くって知らなかったらしいけど、楽しそうに話してくれて私も嬉しかったの」


 条件が合ったから選んだだけの水族館だったが、そんなセンシティブな所を選んでしまった……

 なんか複雑な気持ちだ。


「この間、美録君との写真を待ち受けにしてるの目撃して写真もらったのよ〜」

「え?!」


 高橋に胸を押し付けられて2人で撮った写真が今高橋ママンのタブレットPCに表示された。


 しっかりと俺が笑わされているツーショット写真。

 自分で見ると死にたくなるな……


「くっついちゃって〜」

「……か、勘弁して下さい……まじで」

「飾りたいくらいよ?」

「土下座しますから勘弁して下さい……」


 公開処刑なんてもんじゃないぞ……



 それからも写真を色々と見せられた。

 2人で言った旅行先の写真や高橋の中学の時の水着写真。


 中学生の高橋の水着は思わず目を逸らした。

 高橋に申し訳ない。


「そろそろいいわね」


 高橋家アルバムお披露目会は終わり、俺の頭は完成した。


 シャンプーでパーマ液の臭いもほとんどしなくなって安心した。


 ワックスでセットしてもらい、いよいよ俺は自分が誰かわからなくなった。

 ドッペルゲンガーもびっくりの仕上がりだろう。


「水望呼んでくるわね!」


 返事をする間もなくスタッフルームにいる高橋を呼んできて吉村美録のビフォーアフターを見せる事になった。


 ……なんか胃が痛い。


 高橋と見つめ合い無言。

 ニヤニヤする高橋ママン。

 チラチラ見てくる高橋。


「……うん」

「ほら水望、感想は?」

「……か、かっこいい」

「……どうも……」


 高橋に言われるだけでも恥ずかしいのに高橋ママンが横でニヤけているこの状況が辛い……


「せっかくだから2人で写真撮りましょ! 水族館の時と同じ感じで」


 この人、鬼畜か……

 水族館で撮った時と同じって事は、また高橋の胸を押し付けられるわけだろ?

 それも高橋ママンの前で……


「はいくっついて〜水望、もっと美録君の腕がっちり掴んで〜そうそう胸を押し付ける感じで〜」


 おいディレクションよ……

 露骨過ぎるだろ。

 絶対わかっててやってるだろ。


 高橋の柔らかな胸を押し当てられて緊張が一気に増す。

 やはりこの感覚は慣れない。


 高橋も緊張しているのか、息遣いがわずかに隣から聞こえた。


「はい! チーズ!」


 こうして新たに、高橋家アルバムの中に1枚写真が増えました。

 恥ずか死ぬ……


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