第21話 先輩

 海。

 夏の暑さを思い出させる代表のひとつである。


 時期は夏休みであるにも関わらず、砂浜には俺たち以外は誰もいない。


「うおぉぉぉ! 海! 海だぜ彩芽! 走るぞっ!」

「恵那、私に勝てると思ってるの?! 悪いけど、負けないからね!」

「……青春ですね」


 着いて早々に走り回る川崎と辻川。

 それをパラソルを立てて座って本を取り出しながら眺める俺。


「吉村君、君もその青春真っ只中の1人だよ?」

「……俺と先生とを比較したら、青春臭を漂わせてるのは先生ですよ」

「おい吉村君、今先生の胸見て言いましたよね? 誰が高校生ですか!」

「……いや、中学せッ痛い! 痛いですって先生」


 黄色のビキニは控えめな胸を誤魔化すためのフリルのデザイン。

 上にはパーカー。


 シルエットクイズをすれば回答者10人中10人が中学生と答えるだろう。

 俺は間違ってない。


 ……小学生って答えようとしたけど止めてよかった。


「先生、オイルを塗ってくださいませんか? 私もお塗致しますので」


 このプライベートビーチ及び別荘の提供者の一条叶葉。いや、一条叶葉様。


 一条叶葉様は優雅にビーチチェアを用意してくつろいでいたが、先生にオイルを塗ってもらうらしい。

 豊満な胸を先生に見せつけるのは可哀想でございますお嬢様……


「一条、川崎に塗ってもらわないのか?」

「……恵那様に塗ってもらってしまったら、私はもう……」

「あ、うん。はい。わかった。すまん。愚問だったな」


 炎天下の中で鼻血垂らして死んでる一条の画が見えた……


「よっしー。荷物ここ?」

「そうっすよ。俺は荷物の番人しとくんで」


 学校指定の紺のスク水で現れた音無先輩。

 眠そうな顔で長い茶髪を靡かせながら海を見つめている。


 1つ歳は上だが小柄な音無先輩は水着などに全く関心がない。さすがっす。


「吉村は海に入らないの?」

「おう。高橋……」


 見とれてしまった。

 シンプルな白のビキニ。

 黒髪ロングをポニーテールにしたことによるイメージチェンジもより一層目を引いた。


「俺はあれだ。荷物番。若い子たちで遊んどいで」

「吉村、おじいちゃんみたいなこと言ってる〜」


 あくまでもクラスメイト。

 まだ近くに一条も先生もいる。


 高橋は気にせず海へと足を浸けた。

 その高橋の姿を、俺は目で追わずにはいられなかった。



 ☆☆☆



 放送部合宿当日。

 俺たちは学校に集合して先生の運転する車で一条叶葉の家が所有している別荘へ向かう手筈になっている。


「……あつい」


 憎き日光。熱線を受ける肌。焼ける眼球。

 太陽は俺の敵である。


「……川崎、よくギター2つも持ってくな。重くないのか?」

「重い。吉村1人持って〜」

「え〜」

「この子たちはあたしよりも重い命だ。E'z好きならわかるだろ?」

「重い命なら2つくらい抱えたらどうだ……」


 現在、学校に着いたのは俺と川崎だけ。

 先生は車を回してくると言ってここにはいない。


 高橋と辻川、一条ももうすぐ来るとの事。


「問題は先輩なんだよな……」

「そいえばあたしらは初めて会うな」

「ギターバカだからなぁ……あの先輩」

「放送室にギターあったな」

「あのギターは置きギター。家にもあるらしい。毎日抱いて寝てるんだと」

「話が合いそう」


 俺もたまにしか会わないが、俺が放送担当の日の放課後はずっと弾いている。

 弾いているのは主にyuj。


 たまに駅前でひたすらギター片手に弾いているシンガーソングライターである。


「おまたせ〜」

「おはよう〜みなもっちゃん、彩芽、条ちゃん」


 途中で会ったらしく3人揃って集合場所に着いたらしい。


「暑いね〜」

「夏ッ!! って感じだよね〜」

「彩芽は元気だなぁ」

「恵那は溶けそうになってるね」

「……野外は嫌い〜」


 各々お喋りに興じて暑さを誤魔化そうとするも話題は暑さで持ち切り。


 車が1台止まり、誰かが降りてきた。

 ギターを背負って降りてきたのですぐにそれが先輩だとわかった。


「よっしー。……あつい」

「音無先輩、5分前まで寝てましたよね? 頬に弦の痕ついてますよ……」

「……5分前じゃない。8分前」

「誤差っすよ」


 櫛で梳かしただけの長い茶髪。

 目はまだ半分寝ている。

 パステルピンクのTシャツにジーンズ、頬には弦の痕。


 基本的にギターと歌以外には無頓着な先輩らしい格好と言える。


「よっしー。そこの子たちが新しく入った子たち?」

「そうっすよ」


 3人と辻川はそれぞれ顔合わせをした。


「この寝ぼけてる先輩は音無奏おとなし かなで先輩。2年生」


 ぼけぇ〜っとしだしたので仕方なく俺が紹介をした。


「よろし……く」

「先輩、あんなところにキプゾンのギターが落ちてますよ」

「え?! どこ?! なんで落ちてるの?!」


 半開きだった目をギラつかせて辺りを見回す音無先輩。いや普通落ちてないでしょ。


「嘘です」

「……おやすみなさい」

「先輩、ここで寝たら死にますよ。あとギターが可哀想っすよ」

「む……たしかに……」


 この人、きっと死ぬ時にギター抱えて死ぬんだろうなぁってよく思う。


「お、みんな揃ってるね! じゃあ行きましょうか」

「先生、免許証本当に持ってますか大丈夫ですか。パトカーとすれ違って無人だって勘違いされませんか」

「ちゃんと持ってるしすれ違いざまにしっかり見えますぅ!」


 こうして、俺は助手席、女子陣は後部座席に乗って合宿へ出発した。




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