第22話 車内セッション
先生がレンタルしたファミリーカーには運転席が先生、助手席は俺。真ん中の後部座席に一条と辻川に川崎、後ろが音無先輩と高橋。
後ろでは女子陣がわいわい楽しそうに話しているが、音無先輩はよだれを垂らして寝始めてしまった。
それでもギター抱えている精神には変態性を感じた。
「吉村君、ナビしっかりしてね! 先生、地図苦手だから!!」
「……何のためのなカーナビなんすか……」
「下手したら事故るから!」
血走った目でハンドルを握る糸崎先生。
「……遺書とか書いてた方がいいかもしれないな」
「遺書とか止めて!! 先生運転中だから書けないじゃん!」
「樹海とか間違って行かないでくださいね」
一条から予め別荘の地図はデータで貰っている。
俺はゲーゲルアーヌで土地や道路、店などの目印になるものを調べて先生の運転をサポートすることにした。
カーナビの指示通りに運転しきれていない先生に俺は恐怖を感じた。
右折するべき所から50メートル手前ですら指示を受けてあたふたしているのである。
慣れない場所を行くのだから仕方ないが、先生はもう少し下調べをしてからハンドルを握るべきだった……
「おおー! ここ初めて来たかも〜!」
後ろでは呑気に窓に張り付いて賑やかな女子陣。
前と後ろの席では漂う空気が違うらしい。
川崎たちに釣られて俺も景色を見てみた。
高速道路は怖いという先生のために下道を通っているのだが、都心では見れないような山の緑と空の青さが広がっていた。
鬼の形相の先生、愉快なクラスメイトと部員。
そんな中で、俺だけがここに居る事を異質に感じた。
高橋と付き合う前の俺なら、こんな景色を見ようとも思わなかったし、観たとしてもなにか思う事もなかっただろう。
「せっかくだし〜ちょっとアコギ触っちゃお〜」
広くはない車内でアコギをケースから取り出して胡座をかいてチューニングを始める川崎。
自由人だな。
「恵那様のアコースティックギター!!
「一条さん?! 今そんな事言わないで?! マジで先生ヤバいから!!」
「ああ、神よ。これが幸福というものなのですね……」
歌う川崎。
祈る一条。
叫ぶ先生。
「……カオスだなぁ……」
辻川、川崎の歌聞きながらお菓子食べてるし。
高橋はにこにこしながら楽しそうに笑っている。
音無先輩も川崎の歌とギターに釣られて起きてアコギを取り出して2人でのセッションが始まった。
ラジオ代わりの2人の歌は車内を色付かせた。
川崎と音無先輩が目配せだけでコード進行や互いの見せ場などを弾き分けてテクニック合戦をしている。
「なんか後ろがちょー青春してるっ!!」
先生が感動して泣いている。
泣くな前見ろ目を見開け。
「青春してるのはわかりますけど、そこまで泣きます?」
「吉村君、大人になるとね、色々あるんです……」
「……先生、苦労してるんっすね……」
そう言いつつ、俺も愉快な気持ちになっていた。
☆☆☆
「つ、着いた……ガクッ……」
「官房長ぉーーー!」
「……勝手に官房長にしないでくれる? 右京さん」
「1度は叫んでみたいじゃないっすか」
すでに瀕死の糸崎先生。
ようやっと着いた一条家の所有する別荘は映画などで見るような上品さを醸し出していた。
質の良さそうな木造二階建。
敷地も広く、屋根付きのウッドデッキなどもある。
どこかテーマパークを思い出させるような空間である。
「別荘って普段から使ってないイメージで古臭い感じだと思ってたけど、なんかめっさ綺麗!」
途中からずっとギターを弾いていた川崎の元気は全く衰えていない。
これが若さというものらしい。
「普段は管理会社に任せていて、レンタルなどもしているので常に綺麗なのです。夏冬問わず利用される方が沢山いらっしゃいますから」
鍵を取り出して別荘を解錠して各々の部屋を宛てがう一条。
自室として使用出来る部屋は8部屋あり、別棟もある。
加えてキャンプ用グッズも豊富にあるらしく、10名以上の団体客もよくレンタルするらしい。
「お父様の趣味で、防音室もございます」
「「おおぉー!!」」
川崎と音無先輩が目を輝かせている。
音無先輩、あんな純粋な子供みたいな目ができるのか……
「それと皆さん、これをお付けください」
一条から渡されたのは各蛍光色のデジタル腕時計だった。
留め具のないシリコン製で腕時計特有の締め付け感がない。
「それとこのアプリをインストールして下さい」
「これって?」
「お配りした腕時計にはGPSや体温管理、心拍数などのチェックができるシステムが組み込まれています。遭難時や行方不明時に役に立つので」
アプリをインストールし、マップを見るとそれぞれの場所を表示されている。
「私たちの会社の事業の一環です。今回私は護衛を付けない代わりにと提示されたのがこのシステムです」
確かに考えてみれば、川崎のLIVEの時には黒のセダンで来ていた一条。
今回は俺たちと同じ先生の運転する車に乗車している。
「アプリインストール後に自身の腕時計の番号を認識させ、各自見てわかるように名前を入力して下さい」
各々が操作を済ませて一条を見た。
「では皆さん、泳ぎましょう」
「よっしゃ海だぁぁぁぁ!」
川崎の騒ぎっぷりに、俺は幻覚で暴れる川崎の尻尾が見えた。
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