第19話 高橋ママン

「美録君はどんな髪型がいいかな〜私迷っちゃうわねぇ」

「……は、はぁ」


 お盆最終日の事である。

 俺は今、高橋のお母さんに頭をわさわさされている。


 とても高橋を産んだとは思えないプロポーションであり、年齢的に若く見積っても30代半ばであろうに20代後半くらいにしか見えない高橋ママン。


 加えて高橋よりも数段大きい豊満さ。

 高橋、ちゃんと大きくなりそうだから安心しろ。


「ちょっと首元ごめんなさいね?」


 文字通り手も足も出ない状況、加えて高橋は美容室のスタッフルームで俺のビフォーアフターを待っているというこの状況。


「まさか、水望の彼氏君の髪を切れるなんてね! お母さん張り切っちゃうわ!」

「お、おまかせ。しますはい……」



 ☆☆☆



 親父もいる最後の夕飯時。


「それにしても私、高橋ちゃんってどこかで見た事あるような気がするのよね〜」

「姉ちゃんはコンビニ使用率高いんだからそうだろ」


 なぜ家族団欒の食卓に高橋の名前が頻繁に出されるのだろうか。

 普通の家庭ってこう? 違うよね? 絶対おかしいっていやマジで。


「お姉ちゃんあれじゃない?金髪から黒髪ロングになったから印象がバグったんじゃない?」

「う〜ん……そうなのかしらね〜」


 親父とコンビニに行った後、1人公園のベンチで飲んでいた親父がニヤニヤしながら俺の部屋に来て高橋がコンビニ店員である事がバレていた。


 挨拶だけした、とか抜かしたからドロップキックをかました。

 次は伝説のプロレス技、筋にくマスターを掛けてやる。


 バレてしまった為、今や姉妹たちはなんの遠慮もなく高橋の話をするようになってしまった。


「いやしかし、美録の彼女があんなに可愛かったなんてなぁ……いっぱッ!!……ぐはっ!……」

「親父、右眼か左眼、どっちがいい?」

「すんませんでした!!」


 あの後親父から本当になんもされなかったのかと高橋に聞いたがなにもされていないという。

 高橋の事を疑うわけじゃないが、場合によっては脅されている可能性もある。


 これは親父を拷問して聞き出さなければいけない可能性があると検討している。


「あ! 思い出したわ! そうよ高橋さんよ!」

「高橋は高橋だろ?」

「違うのよ〜ウチの店によく来てくれる高橋さんて女性の方がいてね、よく似てるのよ〜」


 似ているというのは、黒髪ロングにした高橋がそのくだんの高橋さんと似ているという事なのだろう。


「確か美容室経営してるって言ってたわね〜」

「……高橋の母親、美容師って言ってたな……」


 俺がまだ川崎たちを危険人物扱いしていた時に川崎が高橋に対してそう言ってた。


 高橋の家で勉強をしている時もそんな話を聞いていたが……


「てことは同一人物説ですなぁお兄ちゃん。スナックの常連とスナックの店員のお姉ちゃん。付き合ってる2人! これは結婚秒読みだよお兄ちゃん!!」

「……まだ高一だぞ俺ら?」


 姉ちゃんが名刺入れを取りに行って帰ってきた。


 見せられた名刺には「高橋水穂」と書かれていた。

 水という漢字が入ってるところを見るにいよいよ同一人物説が濃厚になってきた。


 おもむろに電話をし出した姉ちゃん。

 連絡先を交換済みだったのかほぼワンタッチで電話を掛けやがった。


「あ、そうそう、うちの弟がね〜」


 なんか話かなり弾んでない?

 なんなんだうちの家族。


「あ、みぃくん。明日空いてるでしょ? 高橋さんが会ってみたいらしいしみぃくん髪も伸びてるから切ってきてもらうけどいいわよね」

「は?!いやちょとまっ……て……」



 ☆☆☆



 という経緯があり、今俺はここにいるわけである。


 逃げられないようにと姉ちゃんに連行され身柄を高橋の母親が経営している美容室へと収容された。


 駅近であり、近くにはショッピングセンターや服屋などもあるため姉ちゃんは俺の頭が出来上がるまでぶらぶらしてくるとの事だった。


「美録君は好きな髪型とかないのかしら?」

「……とくにはない。ですかね……いつもそのまま3センチとか切ってもらうだけ、でしたし」


 高橋ママンはにっこにこ。

 俺は苦笑い。


 いきなり高橋の母親と一対一は辛い。

 人見知りなんだが……


 しかも高橋もいないわけである。

 なにこれ面談? 個人面談かなにかか?


 百歩譲って食事ならわかる。

 だが面談散髪である。

 なにそれ聞いた事ねぇ……


「どうしようかしらねぇ」


 俺の真後ろに立って髪をわさわさしながら鏡越しに俺を見る高橋ママン。


 あ、あの……ちょっとお胸が首元に当たってる気がするんですが。


「美録君、パーマとかかけてみる? 絶対似合うわよ? 水望もたぶん好みだと思うわよ?」


 どお? どお? とニコニコしながら雑誌を見せつけて勧めてくる高橋ママン。


「あ、はい。じゃあそれで」

「うふふ〜任せて!」


 パンチパーマとかリーゼントとかモヒカンにさえされなければもうなんでもいい。

 俺の今日のミッションは無事に家まで帰ることだけである。


「ツーブロックもどう? この時期涼しいわよ?」

「はい。それで」


 校則で引っかかったりしない自由さが売りのうちの高校である。

 もうこの際どうでもいい。


「じゃあちょっとカットしていくわね」


 そうしてジョキジョキ切り始めた。


「水望の事、助けてくれてありがとね」

「いや……別に。単純に俺もムカついただけ、ですし。理不尽に怒り散らしたいだけの大人とか」


 動画撮影して挑発してわざと殴られたのは口実。

 俺が被害者として成立するようにしたかった。


 警察の人には挑発して危ない事はしないでって怒られたけど、俺が怒りに任せて殴りかかるのは店に迷惑がかかるかもと思った。


「大人でも怖いのよ? ましてや女性が男性にされたら余計に怖いわ。水望がね、美録君かっこよかったって言ってたのよ」

「は、はぁ……そうですか」


 高橋ママンと目が合って恥ずかしくて目を逸らした。


 手も足も出ないこの状況でそういうことを言われると顔を隠す事もできない。

 そうか、これは拷問なのか。辱める拷問。


「水望ね、美録君にフラれたから黒髪にする! って言ってきてね」

「……すんません」


 ふふっと笑う高橋ママン。

 フッた話もしたんですね高橋さん。

 今俺は肩身が狭いです。

 身動きもできない(物理的に)。


「金髪ギャルは怖いって言われた〜って言ってたわね。美奈ちゃんの弟さんが昔色々あったってのは聞いてたから、その時は美録君が美奈ちゃんの弟さんだって知らなかったけどなんとなく察したわ」


 姉ちゃん、お客さん相手になに俺の過去の話してんだよ……

 もう全部筒抜けじゃねぇか。


 なんならもう、ホクロの位置すらバレてそうな勢いだぞこれ。


「黒髪にしてからオッケーもらった! って言って喜んでたわ」


 そこだけ聞くと、俺って最低なヤツじゃね?

 金髪は嫌だから髪染めて出直して来い的な。


「私が言うのもあれだけど、水望って可愛いじゃない? 親バカ抜きで」

「まあ、確かにそうですね。……俺なんかとは釣り合いとれないですし」

「そんな事ないわよ〜自分を守ってくれる男って素敵なことよ?」


 ハサミからバリカンに持ち替えて剃りを入れていく高橋ママン。


 なんかスースーする。


「今まで彼氏とか連れて来たことなかったのよね。好きな人とかいるの? ってカマかけたりしたけど全然だったのよね」


 あーそれ、たまに姉ちゃんにもされたわ〜。

 いると思うか? って真顔で聞き返したら聞いたら「いないと思う!」って笑顔で言われたわ。


「水望は素直だから、すぐ分かるのよね〜」

「そうですね」

「水望が嘘つく時のクセ、教えてあげるわ。水望ね、露骨に目を泳がせながら耳たぶを触るのよ。照れてるのを隠そうとする時は笑いながら頬をかくのよ〜」


 高橋ママンから高橋攻略法を教えて頂きました。


「よし。一旦、頭洗うわね〜」

「あ、はい」


 やっとカットは終わった。

 だがまだ散髪面談は終わらない。


 帰りたい……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る