第13話 無自覚系上位カースト

 つつがなく授業は進む月曜日。

 夏休みも近い学校には生徒も教師も消化試合とばかりに雑な雰囲気を隠しもせず時間は過ぎていく。


「お疲れ」

「……お、おう。お疲れ」


 放課後の放送部の仕事を終えての下駄箱で同じく部活終わりらしき辻川と遭遇した。


 ちょくちょく絡まれる川崎経由で辻川と会話を交わす事はあるが、一対一で話すほどではない。


 しかし「お疲れ」と言われた手前、言葉を返さないと面倒事になる。


 そそくさと帰ろうとすると続いて声を掛けられた。


「先週さ、みなもんと一緒にいなかった? 夕方」


 見られていたらしい。

 迂闊だった。


「辻川、少し時間いいか?」



 体育館裏で辻川と缶コーヒーを飲みながら事の経緯を話した。


 高橋のバイト先の話。

 助けて告白された事。

 先週は初デートだった事。


「まあ、なんかみなもんがちょっと変だなって思ってたから納得」


 声を掛けられた時に思ったが、高橋に直接聞かずになぜ俺に事実確認をしたのだろうか?


「変っていうのは、どこから?」

「黒髪にしてきた時かな。急だったし」

「まあ、俺も驚いたが」

「それに、恵那が吉村君に絡んで放送室に行った時も違和感あったし」


 確かに辻川にチラチラと観られているのはわかっていた。


 勘づいていたのならなぜ高橋に直接聞かないのか。

 その段階で薄々わかっていてなぜ?


 バレているだろうと観念して話したが、辻川が何を考えているのかわからない。

 スマートに疑惑を躱せるようなら楽だったな。


「高橋には聞いたのか?」


 あえて聞いてみた。

 場合によってはこいつは俺の敵になる。


「ううん。みなもんは男の話とかしないし、みなもんが話さないなら私からは聞かない方がいいかなって」

「だけど気になるから俺に聞いたと」

「うん。変に地雷踏みたくないし」

「俺にとっては地雷みたいなもんなんだけどな」

「それってどういう事?」


 まずい。返事を間違えた。

 辻川の表情が険しい。


「みなもんと付き合ってる事が地雷って事?」

「……俺みたいなやつが高橋と付き合っている事を知られる事ってことがだ」


 意味がわからないという言うように辻川は顔を歪めた。


「……なんて言えばいいか」


 高橋もそうだが、辻川も川崎も一条も無自覚にスクールカースト上位にいる。


 育ちがいいのだろう。

 だから、下のやつの気持ちや立ち位置、クラスの構造を意識していない。


 おそらく辻川から見れば、俺はクラスの中で目立たないやつ。その程度の認識だったはずだ。


「俺みたいなやつが、高橋と付き合ってると知られた場合、高橋の交友関係が崩れる可能性がある」

「は?」


 怖いです辻川さん……


「要するに、よく思わないやつが出てくる、あるいはそういうやつがいるって話だ」

「……考え過ぎじゃない?」

「……杞憂で終わるならいい。俺が無駄に疲れればいいだけだ。居心地がまた悪くなったら転校でもすればいいんだしな」

「なんでそれで転校までなんの?」


 辻川は相当平和な生活をしていたらしい。

 羨ましい話だ。


「例えば辻川、学年で一番のイケメンがいたとしよう。女子はみんなで牽制しあって、「イケメン君はみんなのイケメン君!」なんて条約が結ばれている所にひょいと空気を読まずにそのイケメン君と付き合いだして抜け駆けした女子がいたらどうなる?」

「……」


 辻川でもトイレでそんなお喋りくらいはしているのだろう。もしくはそれを聞いている。


 便所飯でもしているようなぼっち女子ならあれだが、辻川は違う。


「あらゆる陰口やいじめが始まるだろう。それは男子側にだって無い訳じゃない。ましてや俺みたいなやつと高橋とじゃあ釣り合いが取れてない」

「……」

「だからなるべく高橋と付き合っている事は知られたくない。俺の事はどうでもいいが、高橋は違う」

「……バカみたい」


 辻川が呆れた様子で俺を見る。


「はぁぁ……。ま、吉村君がそれなりにみなもんの事考えてるのはわかった」


 捻くれてて拗らせてるけど。と言われたが仕方ないだろう。


「てか、相談とか友達にしたりしなかったの?」

「……辻川、俺がクラスで誰かと喋ってるところ見たことあるか?」

「……うん。ない」


 残念なやつって顔で見るの止めてもらっていいですかね。

 そんな認定しないでくれると助かる。


「とりあえず、みなもんの事は私が相談にのってあげる」

「マジか。助かる。姉と妹では散々茶化すだけで話がややこしくなるんだよなぁ」

「……吉村君も、苦労してるんだね」


 そんな優しい目で俺を見るな。

 何かを悟ったような顔止めろマジで。



 ☆☆☆



 その後も少し話し、連絡先を交換してお互いに家路に着いた。


 なぜか女子の連絡先だけが増えていく俺のスマホ。

 男と該当するのは親父だけである。


 あとは全て女子(ママさんも一応女枠)。

 ……極端過ぎるだろ。


 ちなみに、なぜか辻川は高橋には知らないふりをしながら今後も接するらしい。


 わけがわからず聞くと、その方がなにかと都合がいいと言っていた。

 全く意味がわからん。


 まあ辻川からすれば、高橋本人から打ち明けてくれるのを期待しているのかもしれない。

 俺との約束事であるからそうそう打ち明けたりはしないだろうとは言ったのが


「っうぉあ?! びっくりした!」


 突如親父からの電話だった。

 電話慣れしていないせいか、急な着信コールは精神力を大きく削る。


 高橋なら「今電話していい?」と聞いてくれるので心構えのひとつもできるのだが、親父は基本的に急である。


「……なんだ親父」

『おう! 生きてるか?!』

「生きてる。親父はまだ死んでなかったのか」

『はっ! お前が死ぬまで俺は死なん!』

「そうか。じゃあ永遠に眠れ。おやすみ」


 永眠しつつ金だけ寄越せ。

 いや、保険金でガッポリ頂くのも悪くないか。


『おいおい連れないなぁ。俺とお前の仲じゃないかぁ』

「気持ち悪いな。要件はなんだ。ないか。そうか。さようなら」

『お盆に帰るわ。そんだけだ。美奈たちにも伝えといてくれ』

「メッセージ入れときゃ済む話だろ」

『いいじゃないかたまにはよぅ。我が愛する息子の声を聞きたいという親心をだなぁ』

「気持ち悪いな酔ってるだろお前。かまってちゃんは鬱陶しがられるぞ」


 親父こいつは俺がどんな塩対応をしてもケロッとしている。

 そこが腹立たしい。


『ご忠告感謝する。あ、お土産何がいい?』

「……美味い珈琲」

『とっておきのヤツを買ってきてやる』

「ご苦労。早く持ってこい」


 さっさと吾輩に献上するがよい。


『んもぅ〜つれないんだからぁ〜ろっくぅん〜』

「ママさんにチクっとくわ。録音済みだしな」

『そ、それだけは止めてくれ!! 死んじまう!』

「じゃあな。健闘を祈る」

『あ! ちょと待ておぃ?!』


 親父が帰ってくるという事は、戦いの始まりである。


「久々に本気出すか……」


 今回もFPSゲームで勝たなければ。

 俺は親父をボコるためにゲームに取り組んだ。


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