陰キャの俺が金髪ギャルの告白を断ったら黒髪ロングになってきやがった。

小鳥遊なごむ

第1話 理不尽な子ども大人のせい

 小学生の頃、よく虐められた。

 親に泣きついて、空手を習った。


 ひょろかったけど空手の腕はそこそこだったから、虐められることは減った。

 けど、転校してきた上級生が空手の道場に来て、なぜかまた俺は虐めの対象になった。


 そして俺は、空手も辞めた。



 ☆☆☆



 何事もなく過ぎるのをひたすら息を潜めて高校生生活を過ごして1年が過ぎて、2年生の春。


 部活に入ることも無く、ただ窓の外を見て過ごす日々。

 数字が変わっただけで、なにか変わった訳では無い。


「いらっしゃいませー」


 自宅近くの駅から最寄りのコンビニ。

 本屋に寄ってからの帰宅だったからか、陽はもう暮れていて帰宅ラッシュの後だった。


 この時間はコンビニが空いていて気が楽だ。

 ただでさえ狭いコンビニの人口密度が上がるのは困る。


「あ、吉村美緑よしむらみろく……」


 コンビニ店員になぜかフルネームを呼ばれて品物から視線を移すと金髪ギャルがいた。

 ザ・陽キャ。

 反射的に嫌悪感からか鳥肌が立った。


「だれ?」

「同じクラスの高橋水望たかはしみなもっ!」


 胸元のネームプレートには高橋と書かれ、研修生という記載と初心者マークを付けていた。


 なるほど、道理で知らない店員だと納得した。


「……次から使うの辞めようかな……」

「なんか言った?」

「いえ、別になんでもないです」

「なんで敬語?!」

「高橋さんこそ、お客様に対して失礼ですよ、クレームがどこからか入っちゃいますよ」

「すんません吉村様お許し下さいマジかんべん!」


 いつものジュースを手に取り無視して買い物を続ける。

 高橋もレジが混んできたからかパタパタとレジへ向かった。


「やりづらいな」


 俺が陽キャだったら、喜んだかもしれない。

 高橋は金髪ギャルとはいえ、顔面偏差値的には高い方だろう。たぶん。


「だからコレじゃねぇって言ってんだろうが!!」


 店内BGMをかき消す大きな罵声が響いた。

 野太いおじさんの悪意に満ちた声に恐怖と苛立ちを覚えた。


「すみません! すみません!」

「すみませんじゃあねぇんだよああ!!」


 高橋も高橋の先輩も対応に困っているようだった。

 見ればタバコの銘柄を取り間違えて文句を付けられているようだった。


 手に取って見せて確認したのに違うと罵られて怯える高橋。

 不憫だな。

 後ろにも列が出来ていた。


 後ろに並ぶ客は苛立ち始めていた。

 ああいう客は大した事はない。

 口だけでただ世間に対してなにかしらの文句を付けてストレス発散したいだけの心の弱いやつだ。


 収まるまで無視を決め込もうと思いながらセルフのホットスナックを取っていると、不意に高橋が目に入った。


「申し訳ありません! 申し訳ありません!」


 目じりに涙を浮かべて必死に謝っている。


 陽キャで金髪ギャルだから、てっきり「まじウザ」みたいな顔を薄らと表情筋に残しながら謝っていると思っていたから、怖がっている高橋から思わず目を逸らした。


 接客業なんてしてたら理不尽な客の対応なんてこれからいくらでもするだろ。

 耐えろ。強く生きろ。


「俺の時間をなんだと思ってんだああ?! 新人のお前がミスする度に俺の可処分時間が減るんだよ!! わかってんのか?!」


 こいつ、高橋の初心者マーク見てから明らかに文句つけてやがる。


「申し訳ありません! 申し訳ありません!」

「だから! 申し訳ありませんじゃねぇんだよ!!」


 高橋が昔の俺に見えて、悲しくなった。

 不意に俺はケータイを取り出して録画をした。


「だいたいお前みたいなやつが……っておいガキ、何撮ってんだ?!」

「こんな恥ずかしい大人にならないようにと思って記録に残そうと」

「ふざけんなよガキが?!」


 大きく振りかぶったオッサンから酒の臭いがした。

 怒りに任せた大振り。

 鼻くそをほじりながらでも避けられる。


「っぐ!」


 あえて喰らった腰が入ってないパンチとはいえ、さすがに痛かった。

 口の中で血の味が広がった。

 受け身はしっかり取ったから怪我はない。


「高橋、警察とオーナー呼べ」


 同じようにオッサンにフェイントで右拳を振るうように見せた。

 オッサンはヤクザ蹴りを繰り出したが、スーツ越しの贅肉が揺れるのがしっかりと見えていた。


 脚を掴んで地面に倒して頭を押さえ付けて、オッサンの手首を掴んで強引に腰まで伸ばして動きを封じた。


 呻くオッサンからさらに酒の臭いがした。

 くっさい。


 あの頃の自分と重ねて、今ならこいつの腕くらいは折れる、なんて考えていた。


 その後は警察やらなんやらで大騒ぎ、オーナーも来て店内カメラでどうのこうので、帰れたのは夜22時を回ろうかという時刻になってしまった。


 オッサンを抑えてからどのくらい経っていたかわからないけど、あのまま警察が来なかったらどうなっていたかと思うと怖かった。


 因みに言うと、動画撮影して挑発した事は警察に怒られた。

 とっさにブーチョーブで見ていた40代のおっさんがダラダラお酒を飲みながら雑談をするだけの配信で聞いていた事をアレンジして殴られにいった事はバレていない。



 そのまま週末を終えて学校に登校した。

 思いのほか何事もなくてほっとしつつ、午前中の授業も終わった直後。



 すれ違った高橋が俺の机に可愛く折り畳まれた小さな手紙を落としていった。


 ご丁寧に「吉村、すぐ読んで」と小さく可愛らしい文字で書かれていた。


 先週の件だろうと思っていた。

 精々お礼を言われるくらいだろう。


 そう思ってこっそりと手紙を開いてみた。


『吉村、お礼言いたいから、お昼休みに旧校舎の中庭に来て』


 振り返ると既に高橋はもう居なかった。

 手紙で礼を言うだけでよくないか。出来れば関わりたくない。


 午前中に何もなかったのも、俺が関わらないでオーラを出していたからというのもあった。

 なのに結局これである。


「あの手のヤツはなぁ……」


 行かなかった後で「なんで来てくれなかったの?!」とかみんながいる前で言い出しかねない。

 金髪ギャルで陽キャな高橋と陰キャの俺が教室で喋っていれば、あらぬ噂を立てられる。


 悪意によって尾ビレが付いて残りの高校生生活が危うい。

 陰キャのくせにでしゃばってしまった俺が悪い。


「……はぁぁ……」


 仕方なくゼリー飲料を取り出して旧校舎へと向かった。


 ゼリー飲料を咥えながら目的地に着くと、オロオロしながら俺を待っている高橋がいた。

 どこか背中も小さく見えた。


「高橋」

「あ、吉村……」


 俺を見るなりモジモジし出した高橋。

 なんだ、陽キャは陰キャに礼を言う時は恥を忍んで言うのか。どうでもいいからさっさと帰りたい。誰かに見られたくない。面倒事から逃げたい。俺が無駄に首突っ込んだんだった。俺が悪い。


「……大変だったな」

「うん……バイト始めて3日だったから、怖かった……だからありがと」

「別に俺も、あのオッサンにムカついただけだし、殴られたし」


 下を向きながらもチラチラを俺を見る高橋。

 なんなんだ。

 礼は言ってもらった。もういいか。もういいな。うん。なんか気まずい。


「……じゃ」

「よ、吉村!」


 背を向けた俺の制服の袖を摘まれて引き止められた。


「な、なんですか……」

「そ、その……わたしね……」


 上目遣いから下を向いてモジモジして、気まづさが増していく。

 いくらDTぼっちの陰キャの俺とはいえ、察した。


 これは非常にまずい。

 イタイ俺の自意識過剰であったとしても、それを言わせてはいけない。


 更なる面倒事が……


「わたし、吉村の事が好きなの……」


 言われてしまった。言わせてしまった。


「ごめん、無理」

「……」


 沈黙だけが続く。

 もっと早くに自意識過剰で告白されたらどうしようとか考えておけばよかった。

 せめてどう断ろうかとか考えておけば、こんな拒絶の仕方なんてしなくてよかった。


 こわくて高橋の顔を見れない。


「すまん……金髪ギャルって、怖いんだ……」


 そう言って無理やりその場を離れた。



 ☆☆☆



 それから1週間、何事も無かった。

 クラスですれ違う時は気まずかったが、高橋の周りの奴らから陰口を言われる事もなかった。


 最悪を想定していたが、本当に何事もない。

 それが救いだった。

 場合によっては親に転校を申し出ようと思っていたほどに。


 コンビニにも行くのは控えた。

 平日の夜に行くとしても、高校生が働けない22時以降にこっそり行くくらいだった。


 そうしてまた週が明けた月曜の事だった。


「みなもん、どしたのその髪色?!」


 みなもんと呼ばれた高橋をちらりと目をやると、黒髪ロングの高橋が居た。


「イメチェン」


 一瞬目が合って、どこか決意の感じる瞳から俺は逸らした。


「……これはまずい……」


 俺は小さく嘆いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る