第17話 親父、帰ってくるってよ。
今日は親父が帰ってくる日である。
普段は正月もまともに帰ってこない奴だが、お盆だけはしっかり帰ってくる。
親父は親戚たちとは絶縁状態なのか、俺は親父の兄妹や親、従兄弟などの血縁者を知らない。
まあ、
「おう! 帰ったぞ!」
「お土産」
「なあ美緑、美香。1年ぶりの再会だろ? 父親を抱きしめるとかしてくんないわけ?」
「お父さん、気持ち悪いよ?」
隣にいた
人によってはご褒美だろうが、実の父親からすればナイフよりも鋭い。
「美香までそんなこと言うのか?! オレは悲しいなぁ……昔は一緒にお風呂も入ったじゃないか美香?」
「お兄ちゃん、父親を通報してもいいと思う? 性的虐待を受けたって言って」
「美香、それは世間体的に良くない。保険金掛けてから事故を装ってだな」
「父親がいる目の前で殺害計画立てるなよっ!」
よく言えばフランク。
悪く言えば雑な扱い。
それがウチの親父のポジションだ。
「お父さんおかえりなさい。先にお風呂に入ってきたら? まだ御夕飯の準備出来てないから」
「美奈〜。美緑と美香が虐めるぅ〜」
「靴のまま上がらないでよ〜」
「ぐはっ!」
構ってもらおうと革靴のまま四つん這いで美奈に這い寄る親父を踏みつける姉ちゃん。
追い討ちとばかりに背中を踏みつけて
手を抜かずしっかりと体重をかけていく姉ちゃん。
「美緑、保険金殺人するならママさんにも相談してからの方がいいわよ?」
「美奈?! アドバイスとかしなくていいから!! ママンはシャレにならん!」
美奈がスナックで働く事になったのも、親父がママさんと昔から付き合いがあってのことらしい。
ちなみにバイクを乗り回して2人で族を潰して回っていたらしい。
「どさくさに紛れて実娘の胸を揉もうとする父親なら喜んでママさんも協力してくれるわきっと」
「調子に乗ってすんませんした!! 許してくれ美奈!」
「私の胸を揉んでいいのはみぃくんだけです」
「美緑お前! 美奈の胸揉んだのか?!」
「んなわけないだろ。さっさと風呂入ってこい愚父。姉ちゃんもコントやってないで晩飯作って」
やはり姉ちゃんの俺に対する愛は異常である。
コントという事にして流すに限る。
親父が風呂から上がり、姉ちゃんが用意した夕飯を4人で食べながら親父の海外での話を聞いた。
中卒であるにも関わらず無駄に頭がいい親父はロクに喋れなかった英語もすぐに話せるようになって向こうでは友達が多い。
……女遊びも多い。
美奈と美香が親父を雑に扱う理由の大部分はそれが原因である。
「美緑、お前彼女出来たんだろ? 写メは? かなりの可愛い子ちゃんなんだろ?」
俺が美奈を睨みつけるとわざとらしく下手な口笛を吹いた。
「写メはない。親父には近付かせない。近付いたら手足を折る」
「いいじゃんかよ〜」
「親父が四肢を切断したら紹介くらいはしてやる」
「ケチ〜。美香は知ってるのか? どんな子だ? 巨乳か?」
「……」
俺が美香を睨みつけて圧をかける。
なにがなんでも親父には高橋の事を知られたくない。
ましてや今、数十メートル先のコンビニで高橋がまだバイトしている。
下手にバレれば親父は絶対にコンビニへ行くだろ。
「……お父さん、息子の彼女さんの胸の大きさを聞くのは人間として引く……」
「いやあれだ! ほら! 俺の息子だろ?! やっぱ巨乳好きなのかなぁとか気になんじゃん?!」
「みぃくんは告白された側ですぅ。お父さんみたいに女のケツ追いかけ回して口説くような男じゃないの!」
「なに?! 美緑お前! やるじゃないかぁ!!」
「……親父、貶された事にまず傷付いてくれよ。あと親父に褒められても気持ちが悪い」
親父の厄介なところなのだが、ふざけ倒しながら周りから色んな情報を引き出させる。
姉ちゃんがフォローを入れ、告白したのかされたのかがこうしてバレている。
「女子高生かぁ……」
「姉ちゃん、通報」
「了解」
「まだなんもやってないぞ!!」
「親父が「女子高生」と呟いただけで犯罪臭が凄いんだよ」
俺は今、命に代えても高橋を親父の毒牙から護ろうと決心した。
「美緑とのプレイも久々だな」
「死ねぇぇぇ! 親父ぃぃぃ!」
「何オレに火炎瓶投げてんだよ?!」
親父と一緒にFPSゲームをやっているが、チームであるにも関わらず俺は親父に火炎瓶を投げていた。
火炎瓶でダメージを受けている親父のアバターを見ながら俺は笑った。
しれっとグレネードもいくつか投げて派手に爆破した。
「おい美緑! 回復させろよ!」
「親父。口の利き方がなってないぞ?」
ダメージを受けすぎて仲間の回復が必要な状態の親父は四つん這いになりながら俺の元へ来た。
それを俺は上から見下ろした。
「おい早くしろよ! さっきのグレネードで敵が群がってくるだろうが!!」
「群がってきたら親父置いて逃げればいい」
親父が
「勝手にオレの屍を越えて行くなよ!」
「さ、さよなら! 親父っ!!」
「あ! 美緑お前っ!……あ、待って待ってマジで来たって美緑ぅぅ!」
「ちっ……仕方ないなぁ」
その後は敵を倒したり親父諸共敵を爆破したり2人だけで対戦したりと大いにストレスを発散した。
「美緑、コンビニ行かねぇか? アイス食いたい」
「……1人で行けよ」
「いいじゃんかよ〜」
現状、親父は高橋がコンビニで働いている事を知らないはず。
21時手前のこの時間では鉢合わせる可能性があるし、高橋なら陽気に俺に声を掛けてくるだろう。
……絶対に高橋を見られたくない。
「チョコミントアイス、買ってやるぞ?」
「……」
ニヤつきながら俺の顔を見てくる。
憎たらしい顔だ全く。
だが、親父は俺がチョコミント好きであることを知っている。
ここで俺が行かないのは変に勘ぐられる。
親父はこんなところの感はやたら鋭い。
「……仕方ないな」
「よし行くぞ!」
親父からしたら、連れションのノリと同じなのだろうが、こっちは高橋の存在がバレるかもしれない。
誰だ連れション文化とか根付かせたやつ出てこい。
責任者は誰か。
夜の道を歩いて高橋のいるコンビニへ。
2人で同時に入るのはまずい。
「お、彼女から電話か? お熱いねぇ。先に入ってるぞ」
俺は入る直前で電話が来たフリをして親父だけを先に中に入れた。
親父が雑誌コーナーを過ぎてドリンクコーナーまで行った時に俺も入り、見つけた高橋にすかさず他人のフリをしてくれととにかく秒で頼んだ。
そのおかげで高橋が俺の名前を呼ぶ前に手回しできた。
なんとなく事情を察してくれた高橋マジ天使。
後で説明しなくては。
「美緑、お前もなんか食うか?」
「チョコミントアイスだけでいいや」
「そうか。じゃあオレは酒とつまみと……っと」
適当な商品を選んで高橋の待つレジでお会計をする。
「あ、美緑、やっぱ
美奈と美香に拗ねられちまうと笑いながら追加した。
「姉ちゃんと美香のご機嫌取りか。親父も大変だな」
「もっと労わってくれてもいいんだぞ美緑?」
「ちょっと何言ってるかわかんないっすね」
「美緑はツンデレだもんなぁ」
夕飯の時に結構お酒を飲んでいたとはいえ、高橋の前で恥ずかしいからやめて欲しい。
そのままお会計を終えて歩いていると親父が立ち止まった。
「美緑は先に戻っててくれ。オレはちょっと涼んでから行くわ」
「通報されるなよ」
「されたら迎えに来てくれ」
「恥だからやだ」
親父は公園のベンチに座ってお酒を飲みだした。
俺はひとまず高橋の存在がバレなかった事に安堵して先に帰った。
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