第五話
六枚羽の赤い天使が顔を覗かせている聖堂で、白い制服に身を包むシェムが戦闘の準備をしている。白い制服の各所にポーチのついたベルトが上腕や腰、脚部に物々しく巻き付いていた。シェムはアサルトライフルにカスタムパーツを取り付けながら、アザールが説明していた試験内容を思い出す。
——AAH-41さん、この卒業試験では貴女の戦闘能力を図ります。
——我々が用意した場所で、ターゲットと一対一で戦闘を行ってください。
——今までの成果を証明してください。貴女には期待していますよ。
シェムはアサルトライフルと肩撃ち式のロケットランチャーを背負うと、アサルトライフルのマガジンを二本、腰のポーチに詰め込んだ。レッグポーチに愛用している銀色の拳銃を引っ掛け、紫色の長いツインテールを結わえ直す。蝶を象ったヘアピンを留め直すと、その場から立ち上がり赤い扉へ向かった。聖堂内のスピーカーからアザールの声が聞こえてくる。
「準備はよろしいですか? 扉をくぐればもう、後戻りは出来ませんよ?」
「大丈夫です。覚悟はできてます。」
シェムの声に反応するかのように、目の前に映る赤い天使が真っ二つに割れる。扉の先には闇に包まれた空間が広がっていた。聖堂を照り付けている光がかろうじて彼女の足元を照らしているが、扉の先は何も見えない。シェムは緊張した面持ちで扉の先へと足を踏み入れた。硬い砂の感触がブーツを通して伝わってくる。さらに歩を進め入り口を背にすると、赤い扉がゆっくりと閉じていった。
赤い扉が完全に閉じると同時に、闇に包まれていた空間を眩しいほどの光が包み込んだ。突然の出来事にシェムは思わず目を閉じながら右手で光を遮る。光に目を慣らしながら徐々に瞼を開けると、天井に描かれている三種類のステンドグラスに視線を奪われた。
「人間と天使と……、神様?」シェムはそのまま視線を落としていく。
——ステンドグラスに覆われたドーム状の屋根。
——モニター室から顔を覗かせる複数の人影。
——客席とアリーナを隔てるガラスの様な透明の壁。
——アリーナの中央に居座ってるのは……
討伐対象の姿を見た時、シェムは思わずその場で絶句した。彼女の唇が小刻みに震える。目の前に現れたのは〝異形の怪物〟としか形容するしかないモノだった。数えきれないほどの脳みそが凝縮されているかの様な赤い肉団子が、その場で浮遊しながらゆっくりと回転している。大小さまざまな緑色の眼球が、肉片の隙間から無数にその瞳を覗かせていた。回転軸の両側には天使の様な鈍色の大きな翼が折りたたまれている。
「……何よアレ?」
シェムはやっとの思いで言葉を発すると同時に、強烈な吐き気を感じた。あまりにもグロテスクな見た目が精神的な険悪感を抱かせる。そんなシェムに構わず、アザールの声がスピーカーから淡々と流れだした。
「今、貴女の目の前にいるのは、卒業試験の討伐対象です。『〝それ〟を討伐して生き残る』。それが卒業の条件です。貴女なら出来ますよ、AAH-41さん。」
「私なら……?」
アザールの一言が、シェムの中で引っかかった。彼女の頭にある考えが思い浮かんでしまう。シェムはその考えを否定するかの如く、その場で頭を振った。声を震わせながら、アザールへと問いかける。
「アザール先生、AAH-35——アルマもこの怪物と戦ったのですか?」
「……。」アザールは何も答えない。
「アルマだけじゃない! 卒業した皆がこの怪物と戦ったのでしょう!?」
「……。」やはりアザールは何も答えない。
「彼らは一体、どうなったのですか!?」
シェムは悟ってしまった。いや、初めから気づいていた事だったのかもしれない。生きる為、考えないようにしていただけなのだ。哀れな孤児の保護と称して、彼らを太陽の光すら届かない牢獄の様な学校に閉じ込めている理由を。授業と称して、様々な戦闘訓練を受けさせられていた理由を。食事と称して、体内に赤い液体を投与され続けていた理由を……。
シェムは拳を握りしめていた。行き場のない感情が彼女の唇を強く噛みしめ、赤い血液となってアリーナに滴り落ちている。アリーナを覆う赤褐色の砂が、まるで渇望していたかのように落ちた血液を吸い尽くしていた。シェムは大きく目を見開き、喉が破裂する程の権幕で叫ぶ。
「みんなを……、アルマを返しなさいよ!」
シェムの声に反応するかのように突如、ゆっくりと回転していた怪物の動きがピタリと止まる。一瞬の間が空いた後、焦点の合っていなかった全身の眼球が一斉にシェムを睨み付けた。怪物は鈍色の大きな翼をゆっくりと、ゆっくりと広げながら浮上している。その姿をモニター室から見ているアザールは、不敵な笑みを浮かべていた。
「AAH-41さん。貴女の試験が終了した時に、すべてが分かりますよ。」
次の瞬間、シェムに向かって怪物の瞳から複数の光線が放たれる。シェムは咄嗟に横っ飛びで敵の攻撃を回避すると、体を一回転させすぐに体制を立て直した。彼女は怒りが込もった目で怪物を睨み付ける。
「絶対に…絶対に生き残ってやる……!」
シェムは背負っていたアサルトライフルを宙に浮かぶ怪物に向かって構えると、躊躇なく引き金を引いた。
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