第七話

 目的地のカヘラ遺跡は花畑を抜けた先にある小高い丘の上に存在していた。元々は屋根が付いたドーム状の巨大な建造物だったのだろう。灰色にくすんでいる建物の一部は土に埋まっており、本来の大きさが把握できない。それでも、ダオスタ駅より広く大きい事は一目で分かる程の大きさだった。半壊した屋根から日が差し込み、建物の内部を植物たちが緑色に染め上げている。所々に咲く黄色や紫色の花々がアクセントとなり、何とも神秘的な雰囲気を醸し出していた。入口の近くには古びた布や焚火の跡など、調査員たちが野営地として使用していた痕跡もある。石や木を素材にした足場も調査用に組み立てられた物だろう。二人が遺跡の入り口にたどり着くと、ヒペリカが遺跡の壁に手を触れながら話し始めた。

「父さん達が遺跡調査をしていた名残で少しだけ道が整備されてるけど、まだまだ崩れやすい場所も多いみたいだから気を付けて。それと、遺跡の奥の方に行くと日が差し込まなくて暗い空間があるんだ。紅い花はその場所を通った先にあるらしいから、とりあえず暗くなっている場所まで進もうか。」

 ヒペリカが自宅から持ち出してきた遺跡の地図を頼りに、二人は遺跡の奥へと突き進んだ。地面を踏みしめると金属同士の軋む音が鳴り響く。建物自体は何らかの金属で構成されているのだろう。通路沿いには扉の無い部屋が点在している。ベルが表札らしき板に積まれている砂埃を掃うと、様々な形をした記号が浮かび上がった。その様子を見ていたヒペリカがベルの元に駆け寄る。

「その記号、元々ダオスタに居た人達が使っていた文字なんだって。今でも父さんが解読しようと頑張ってるよ。まだ一部しか解読できてないみたいだけどね。解読できた文字を読んで分かったのは、ダオスタにある遺跡は千年前に使われた施設なんじゃないかって言ってた。」

「千年前だと、神話の時代から残っている施設になりますよ?」

「そうなんだよ! 謎だらけな神話の時代を解き明かす鍵になるんじゃないかって、父さんも息巻いてたね! と言っても、掘っても掘っても何も出てこなかったから、本当に千年前の建物かどうかは怪しいみたいだけど……。」

 ヒペリカの言葉を聞いて、ベルは何かを思い出す様に言葉を紡いだ。

「『光を隠す闇の時 天の闇から魔が灯る』」

「そう! それ! 『天上物語』! まだ小さい子どもの頃、大人たちによく言われたよ。『悪い事をしてると月を覆い隠すほど暗い日の夜に空の上から悪魔がやってきて悪い子を食べちゃうぞ!』って。懐かしいなぁ……。」

 ヒペリカは崩れた屋根から顔をのぞかせる青空に向かって天を仰いでいた。


 さらに奥へ進むと、通路の先が真っ暗で何も見えなくなっていた。この先を通り抜ければ紅い花のある場所に近づくが、あまりにも暗すぎて明かりが無ければ進むべき方向も見失うだろう。ベルはトランクケースの中身を確認するために身をかがめた。すると、ヒペリカが右手の人差し指を目の前に掲げながら小さな声でぶつぶつと何かを唱え始める。ベルが奇怪な目でヒペリカを見ていると、彼は黙り込み目を閉じた。ヒペリカが再び目を開くと、指先から薄いオレンジ色の小さな光が溢れ出す。

「ヒペリカ様は魔法が使えるのですね。」ベルが感心する。

「使えると言っても、三年くらい練習して小さな明かりを照らす程度しかできないけどね……。」ヒペリカが苦笑いを浮かべる。

「それでもヒト族の方が魔法を扱えるのは珍しい事かと。」

「それは、そうみたいだけど……。」ヒペリカが溜息を漏らす。「コーネインさんのような族の人なら、火を起こすくらい簡単にできるんだろうなぁ。」

「以前、魔法で鳥の丸焼きを作っている所を見たことがあります。」

「普通は魔法で料理が出来るほどの火は起こせないよ。やっぱり、メリア大陸から来た人は凄いなぁ……。文化レベルで魔法が浸透しているなんて、ダオスタから出たことも無い僕には想像できないよ。」

「本人は、『火を起こすならマッチを使う方が楽』だと言っていました。」

 ベルはトランクケースから小さなランタンを取り出す。同時に取り出したマッチを擦り燭台の蝋燭に火を付けた。その光景を前にヒペリカが冷や汗を垂らす。

「……もしかして、僕が魔法を使う必要はなかった?」

「不慣れな道を進む時は、灯火が一つでも多い方がよろしいかと。」


 薄明りを頼りに暗闇の中を突き進んでいると、周囲の壁が少し湿った岩に変わっていた。どうやら遺跡に直結している洞窟へと足を踏み入れたようだ。調査の名残か、洞窟内には数十メートル間隔で燭台が設置されている。道中は分岐点も多く地図が無ければ確実に迷ってしまうだろう。しばらく歩いていると、土壁に囲まれた行き止まりに差し掛かった。

「あれ? おかしいな。確かにこっちのハズだったんだけど……。」

「地図を見せてください。」

 ベルはヒペリカが持っている地図を確認する。

「道を間違えています。」

「え?」

「先ほどの分岐点で一つ右隣の道が目的地への経路だと思われます。」

「ごめんなさい……。」ヒペリカが頭を下げる。

「遺跡から先に伸びる経路の記載が不明瞭な個所も多いので、仕方のない事かと。」

「うーん、遺跡内の経路は一通り記載されていたハズなんだけど……。」

 ヒペリカが改めて地図を観察すると、何かに気が付いた。

「あ、よく見みるとこれ、最新の地図じゃないぞ。間違えて古い地図を持ってきてたみたいだ……。」

 数々の失敗にヒペリカは肩を落とした。ため息を漏らすと、気が抜けたように土壁にもたれかかる。まるで、泥の中に沈み込むように、ヒペリカの気持ちも沈み込んでいた。すると突然、音もなく土壁に大きな穴が開く。

「え?」

 本当に土壁が沈み込んでいた事に気付かなかったヒペリカは抵抗する間もなく土壁の向こう側へと滑り落ちていく。開いた壁の先は元々、小さな水脈が存在していたのだろう。大人二人は通れる空洞が斜め下方向に広がっていた。

「うわぁー!」

 ヒペリカは悲鳴と共に暗闇の先へと消えていった。

「ヒペリカ様?」

 ベルは咄嗟に周囲を確認したが、依頼主の姿が見えない。そして、先ほどヒペリカのいた壁際には大きな穴がぽっかりと開いている。即座に状況を把握すると、ベルはランタンとトランケースを手に躊躇なく暗闇へ飛び込んだ。




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