第三章 英雄

第一話

 トライアンフ湖沿岸に植えられた広葉樹の葉が赤く染まっている。葬儀屋本社の入り口前で、コーネインが箒を片手に朝露を含んだ落ち葉を掃いていた。赤く染まっていた道を綺麗に掃除している。歩道脇には赤い落ち葉が山盛りになっていた。

「これだけ落ち葉があれば、焼き芋の一つや二つは作れそうね!」

 コーネインが食欲に想いを馳せながら山盛りになった落ち葉を眺めている。落ち葉の山を箒でつついていると、彼女の背後から男性の声が聞こえてきた。

「失礼、そこの箒を持った族のご婦人。」

 どうやらコーネインに尋ねたいことがあるようだ。コーネインは男性の声がした方へクルリと振り返る。

「はーい…うおぉ。」

 男性の姿を確認すると、コーネインは思わず驚きの声を漏らした。無理もない。二メートルを軽く超える身長に、カーキ色をしたジャケットでも隠せないほど鍛え上げられた肉体だ。腰には拳銃らしきモノも携えている。男性はコーネインの警戒心を感じ取ったのか、苦笑いを浮かべながら言葉を続けた。

「突然お声がけして申し訳ございません。ここが葬儀屋『Black Palade』の本社で間違いないですか?」

「はい。間違いありません。ですが、まだ営業時間前ですよ?」

「問題ありません。この時間にデュラン社長と会う約束をしていたので。……失礼、まだ名乗っていませんでしたね。」

 男性は被っていた帽子を胸に当ててコーネインにお辞儀した。

「私、ルドベキア・Sサー・アイバ―と申します。」

「ああ! ルドベキア様ですね! 社長からお話は伺っております! デュランは社長室に居るので、今すぐご案内しますね!」


 コーネインがルドベキアを連れて社長室に入ると、デュランはすぐに社長椅子から立ち上がった。ルドベキアの訪問を待ちわびていたのだろう。デュランは速足でルドベキアの元に駆けよると、屈託のない笑みを浮かべていた。

「待ってたぞルドベキア! いや……、今は『英雄様』とでも呼んだ方が良いか?」

 デュランとルドベキアが固い握手を交わす。

「茶化すなよデュラン。そんな大それたことはしていない。」

 ルドベキアの言葉をけんそんと受け取ったデュランは、友の大きな背中をバシバシと何度も叩いていた。そのままソファまで案内している。

「まぁ座れよ! コーネイン、何か飲み物を頼む!」

「ビールでいいですか?」コーネインがいたずらっぽく笑う。

「バカ! まだ始業前だぞ!」

「はーい。紅茶にしておきますね。」

 デュランとルドベキアがソファに座ると、コーネインは手を振りながら社長室を後にした。コーネインの後を追う様に、ルドベキアの視線が扉へと向かっている。

族の女性か。初めて見たよ。しかも、かなり美人じゃないか。」

「あれでいて優秀だからな。ホント助かってるよ。」

「かなり仲が良さそうに見えたが……。既に手は出したのか?」

 ルドベキアが真剣な表情で問いかけると、デュランは思わず噴き出した。

「アホ! 社員に手を出すか! 学生時代とは違うんだよ!」

「なんだ。『歩くスキャンダル』も衰えたもんだな。」

 社長室から盛大に笑い声が上がる。二人はしばらく談笑を交わしていた。ルドベキアの妻や娘の事、葬儀屋の近況やデュランの弟の話題、等々……。互いの話に花を咲かせていると、デュランはしみじみと語り出した。

「それにしても、こうして顔を合わせるのは六年ぶりか。」

「ああ。葬儀屋が設立されてからしばらくの間、お前は忙しくて都合が合わなかったからな。そっちが落ち着いた頃には、俺の方が忙しくなってしまった……。」

「イツ国が戦争をおっぱじめた時はヒヤヒヤしたが……。終わってみれば、お前は大戦果を挙げて帰ってきたわけだ。お陰でその銃にも〝箔〟が付いたじゃないか。」

「……そうだな。」

 ルドベキアは腰に携えていた拳銃を取り出すと、デュランにも見えるようテーブルの上へ置いた。青紫色の回転式拳銃には、綺麗な花の装飾が施されている。ルドベキアは神妙な面持ちでデュランに話しかけた。

「……レオントの件は本当なのか?」

「……ああ。今年の夏に。」

 デュランの返答を聞くと、ルドベキアは後悔交じりの溜め息を吐いた。

「レオントが完全に隠居してからは会えていなかったからな……。戦場から帰ってきた時に、妻から手紙を渡されて知ったよ。もう少し戦争が早く終わっていれば、一目だけでも会うことが出来たのにな……。」

「仕方ないさ。それよりも、こうしてルドベキアが戦場から無事に還って来てくれたことを、レオントは喜んでくれているハズだ。」

 デュランが励ます様にルドベキアの肩を叩く。ルドベキアは青紫色の回転式拳銃を眺めながら呟いた。

「〝箔〟が付いた時に、この銃を返すと約束していたのにな……。」


——コンコンコン


 社長室にノックの音が響き渡る。ルドベキアが慌てて懐に拳銃をしまうと、静かに扉が開いた。ティーセットを片手に持ったベルが姿を現す。

「失礼致します。」

「あれ? ベルちゃん? コーネインは?」デュランが首をかしげた。

「コーネインは事務の方に呼び出されていたので、代わりに私が来ました。」

 ベルがテーブルに音もなくティーセットを並べ始める。ルドベキアは少女を物珍しそうに眺めていた。そんな二人に構わず、デュランがルドベキアに話しかける。

「それで? 今日はただ俺に会いに来たわけじゃないんだろ? 何の用だ?」

 ルドベキアはハッと我に返ると、ベルに向けていた視線をデュランへ移し替えた。

「あぁ。昨日から長期休暇を貰っていてな。半分は家族と過ごす予定だが、もう半分でルサティアに眠っている者たちの弔いを現地で行いたいんだ。」

「それ、軍規的に大丈夫なのか?」デュランが渋い表情を見せる。

「自国領内限定だが許可は貰っている。各人の故郷に準じた形で弔いたいと思ったんだが、いかんせん俺はそういうのに疎くてな……。そこで葬儀屋から一人、俺と一緒に現地へ来てくれる人員を用意してくれるとありがたいんだが。」

 ルドベキアの依頼内容を聞くと、デュランの表情が険しくなった。腕を組み天井を眺めながら思案している。デュランは一息吐くと、ルドベキアの顔を見た。

「……戦場跡にウチの社員を派遣しろと? まだまだインフラも不安定で危険な場所なんじゃないのか?」

「俺が訪れる頃には各地の後処理も完了している予定だ。安全は保障する。」

 デュランとルドベキアが互いに睨み合っている。しばらくすると、堪忍したかのようにデュランが目を閉じ溜め息を吐いた。

「……と言っても、条件に合うような知識と体力を持ってる社員はコーネインぐらいしかいないんだよな。ただ、コーネインはしばらく予定が埋まっているから、申し訳ないが期待には応えられそうにない。」

「そうか……。残念だ……。」

 ルドベキアが落胆していると、ティーカップに紅茶を注いでるベルが手を止めた。

「私ならば、お客様のご期待に沿うことが出来ます。」

「……君は?」ルドベキアがベルの紅い瞳を見る。

「失礼致しました。葬儀屋『Black Parade』出張部門のベル・テトラテーマです。」

 ベルは手にしていたティーポットを置くと、スカートのすそをつまみ上げながら軽く片膝を曲げてお辞儀をした。

「……テトラテーマ?」ルドベキアがいぶかしる。

「ちょっと!? ベルちゃん!?」

 デュランが思わずその場で立ち上がる。ベルが予想外の申し出をした事で、デュランの頭は混乱していた。ルドベキアはベルに向けていた視線をデュランへと移す。

「デュラン、この女の子も葬儀屋なのか?」

「ああ…まぁ、色々と事情があってな……。まだ見習いではあるが……。だが、確かにベルちゃんならば知識も体力も予定も問題はないが……。いや、しかし……。」

「いや、彼女ならば大丈夫だろう。」

 ルドベキアは微笑みながらその場で頷いていた。デュランはルドベキアの意図が理解できず、力が抜けたようにソファへともたれかかる。

「どういう意味だ?」

「目を見れば分かる。自身に満ちた真っすぐな目だ。」

 ルドベキアはベルに向き直ると、岩のように大きな右手を差し出した。

「ルドベキア・Sサー・アイバ―です。今回の依頼よろしくお願いします。ベルさん。」

「こちらこそ、よろしくお願い致します。ルドベキア様。」




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