第四話
葬儀の段取りについて一通り話し終えると、コーネインはキツバに目線を向けた。
「キツバ様。差し支えなければ、キツバ様やダオスタの事を詳しく教えていただけませんか?」
「構いませんが……、私の身の上話など面白いものではありませんよ?」
疑問の表情を浮かべるキツバに対して、コーネインがニコリと笑う。
「より良い葬儀を行う為にも必要な事……と、思って頂ければ幸いです。」
「分かりました。では……」
依頼主のキツバ・モティヴェイターは考古学者である。イス国で教師を生業としていた両親の元に産まれたキツバは、幼い頃から人類の紡いできた歴史について興味を持っていた。考古学の道を進むことになるきっかけは、タリア国に存在する大聖堂の遺跡に感銘を受けたからとのことだ。大学を卒業後、ユーロ大陸に存在する遺跡の調査を行う為、各地を転々と巡る生活を送っていたらしい。そして、ある遺跡の調査を行う為にダオスタを訪れた際、後に妻となるヤコワと出会ったそうだ。
「イスタリア鉄道が開通する前のダオスタは、今の街並みを見た後では想像が付かないほど小さな村だったんですよ。そんなダオスタの近くで鉄道工事をしたら偶然、大量の遺跡が発見されましてね。手が付けられていない遺跡と言うのはまさに宝の山でして。私にも調査許可が下りたのは幸運でした。」
ベルはコーネインが列車内で話していた内容を思い出した。ちらりとコーネインの顔を見ると、どこか得意げな表情でベルを見返している。依頼主の職業を見て、コーネインは事前に町の歴史を調べていたのだろう。何故か得意顔のコーネインにキツバは疑問の表情を隠せなかったが、構わず話を続けた。
「年単位の長い調査になることは予想が付いていたので、空き家を一つ借りたいと村長に相談したんです。村長は『気に入った場所に住んでよい』と、気前よく了承してくれまして。その時に村を案内してくれたのが村長の娘——ヤコワでした。」
その出会いをきっかけに二人は意気投合し、やがて結ばれるようになった。二人の間に子どもを授かった時、若い夫婦は幸せに満ちていたという。だが、その時が幸せの絶頂であった事を二人は予想だにしていなかった。
「息子のヒペリカが産まれて間もない頃です。妻の体調がどんどんと悪くなっていきました。ダオスタに居る医者では原因が判明しなかったので、もっと大きな町に居る医者にも診てもらいましたが……。その時、医者に告げられたのです。妻はやがて死に至る不治の病だと。」
キツバの妻——ヤコワ・モティヴェイターは強い女性であったという。現町長の娘であり大家族の長女でもある彼女は、幼い頃から家事や両親の仕事を手伝っていたそうだ。少々頑固なところもあったが責任感が強く優しい人物であった。そして、夫と息子に対する愛情も人一倍に強い人物だったという。
「少しでも延命するために、都市部の大病院で入院するという選択肢もありました。しかし妻は『私たちにとって必要なことは何だと思う? 数カ月に一度、病院で静かに微笑み合うこと? 違うよね。毎日、家族みんなで夕飯を囲いながら笑う事よ!』と言って聞きませんでした。息子の子育ては私や義父の家族に任せて、妻には無理やりにでも治療を優先させた方が良かったのではないか……。今でもそのように考えてしまいます……。」
キツバが握るように瞼を閉じる。こらえていた涙が一滴、目尻からこぼれ落ちた。寡夫が隠そうとしている苦悩と後悔を感じとったコーネインが、懐から白い綿のハンカチを取り出す。ハンカチをキツバに手渡すと、彼女は慰めの言葉を続けた。
「奥様もキツバさんが願いを聞き入れてくださったおかげで、そのお心が救われたことでしょう。ご自身を卑下しすぎないでください。キツバさんのご決断は、決して間違ったものでは御座いません。」
キツバがハンカチを受け取り目尻をぬぐう。しばしの沈黙が続いた後、彼は絞り出すように言葉を紡いだ。
「……ありがとうございます。そう言って頂けると、少し心が軽くなります。」
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