第三話
町の最北にある依頼主の屋敷に辿り着いた頃には、既に日が傾きかけていた。屋敷の前でコーネインが首をかしげている。
「お……思ったより時間がかかっちゃったわね。何故かしら?」
「心当たりはあります。」ベルは道中の出来事を思い返した。
駅から噴水が存在する中央広場までは街の大通りとなっており、通りの左右には数多くの商業施設が立ち並んでいる。駅から中央広場までは歩いて一時間ほどの距離だろう。花を模した菓子を取り扱うスイーツ店や、花をモチーフにした服飾店にコーネインが目を奪われず、真っすぐ中央広場に向かっていればの話だが……。
中央広場から依頼主の屋敷までは住宅街になっていた。赤レンガ造りの家屋は近づくと想像以上に背が高く、土地勘のないものが迷い込めば現在の居場所を把握することは難しい。迷わず進むことが出来れば、中央広場から屋敷までは一時間ほどの距離になる。地図を片手にズンズンと突き進むコーネインをベルが止めていれば、迷わずに済んだだろう。
順調であれば、二人は日が昇っている間に余裕をもって依頼主の屋敷に到着している予定だった。
「……依頼主さんの手紙には『日没までに屋敷を訪れてください』と書いていたし、何とか間に合ってよかったわ。」
冷や汗をぬぐうコーネインに対して、ベルは表情一つ変えずに視線を送る。
「次、コーネインと未開の土地に同行するときは、私が地図を持ちます。」
「本当に申し訳ない……。」
コーネインの細長い耳がしょんぼりと垂れ下がる。門をくぐり屋敷の玄関を前にすると、気を取り直して耳を直立させていた。コーネインが扉に向かって叫ぶ。
「ごめんくださーい!」
返事がない。コーネインは屋敷の扉を叩き始める。
——ドンドンドン!
返事がない。コーネインは先ほどより強い力で屋敷の扉を叩いた。
——ドンッ ドンッ ドンッ ドンッ ドンッ!
今度は、扉の先から男性の裏返った声が聞こえてきた。
「ふぁい!?」
——ガッシャーーーン!
「うわっ? うわっ!」
何かが割れる音と共に、慌てている男性の声も聞こえてくる。しばらくしてから扉が開くと、くたびれた様子の男性が姿を現した。年齢は四十歳前後だろうか?ボサボサに跳ね上がった焦茶色の髪から、緑色の眼がのぞき込んでいる。しわのできた白いシャツの上には、紅茶色の地図が描かれていた。
「失礼、いつの間にか机の上でうたた寝をしていましてね……。ノックに気が付いて飛び起きたら、机上にあったティーカップを割ってしまったんですよ。その時に、少し残っていた紅茶を浴びてしまいまして……。今の身なりについては気を悪くしないでください。それで、ご用件は?」
「こちら、キツバ・モティヴェイターさんのお屋敷でよろしいでしょうか?」
「そうですが……。」
コーネインの言葉に男性が肯定の意思を示すと、彼女は自己紹介を行った。
「葬儀屋『Black Parade』出張部門代表のコーネイン・フリゼットと申します。」
コーネインが丁寧にお辞儀を行う。男性はコーネインの頭頂部から延びる二本の細長い耳に見とれているようだ。ハッと我に返ると、男性は慌ててお辞儀を返した。
「ああ、お待ちしていました。私が葬儀を依頼したキツバ・モティヴェイターです。こんな辺鄙な土地まで来ていただいて、本当にありがとうございます。」
依頼主が右手を差し出すと、コーネインも右手を差し出して握手を交わした。
「こちらこそ。この度は葬儀のご依頼、誠に有難う御座います。こちらのベル・テトラテーマですが、今回が出張部門としての初仕事ということで私の補助に当たらせています。至らぬところもあるかと思いますが、ご容赦頂けると幸いです。」
「葬儀屋『Black Parade』出張部門、ベル・テトラテーマです。」
自己紹介の後、ベルはスカートの裾をつまみ上げると、軽く片膝を曲げてお辞儀をした。少女の所作を確認したキツバが目を丸めている。驚きを隠さずにはいられないようだ。彼はその場で軽く口笛を鳴らした。
「いや、失礼。獣耳族の方にお会いするだけでも驚きだったのに、娘さんのようなお人形さん……いや、お人形さんのような娘さんも立っていましたから。間違えてメリアの人形師でも呼んでしまったのかと思いましたよ。」
「私はお人形ではありません。」
ベルが表情一つ変えずに言葉を返す。コーネインはベルの返答を聞いて一瞬ヒヤリとした。コーネインが依頼主の男性に対して謝罪しようとした時、キツバがベルに頭を下げ謝罪していた。
「ふふっ……。いや、これは失礼。確かに、こんな返しが出来るお人形は存在しないだろうね。なに、さっきのは誉め言葉として受け取ってもらえると有難いよ。君がそれほど魅力的ということだからね、紅い瞳のお嬢さん。」
どうやらキツバにとって不快な返答ではなかったようだ。コーネインは胸を撫で下ろし、ホッと一息ついていた。
キツバは屋敷の扉を大きく開き、二人の葬儀屋を招き入れた。居間には一つの机に対して三つの椅子が置かれている。薄紫色のカバーがかけられた椅子の上に、割れたティーカップの破片が残されていた。キツバがどこか悲しそうな表情でその破片を拾いあげる。彼は他に割れた破片が無い事を確認すると、二人の葬儀屋を椅子へと座るように促した。
「長旅でお疲れのところ大変恐縮ですが、あまりゆっくりしている時間もありませんからね……。早速ですが、私の妻——ヤコワの葬儀について打ち合わせを行いましょうか。」
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