第五話

 葬儀屋がダオスタを訪れた次の日、住宅街に唯一存在する教会で葬儀の準備が行われていた。準備は依頼主の想定よりも順調に進んでいる。明後日に予定していた葬儀を明日には実施できるほどだ。葬儀のすり合わせのために会場へ訪れていたダオスタの神父が、感心した様子でコーネインに言葉をかけていた。

「町長のご息女に対する葬儀ともなれば、訪れる知人も多くなりますからね。恥ずかしながら、私一人では対応が出来なかったでしょう。コーネイン様たちに来て頂かなければ、今頃どうなっていたことやら……。本当にありがとうございます。」

 初老の神父はコーネインにお礼を述べると、少し辺りを見渡した。

「ところで、お連れになった黒髪の娘さんは見習いか何かでしょうか?」

「出張部門としては、見習いですね。」

 コーネインは軽く咳ばらいすると、言葉を続けた。

「彼女……ベルは四年前から本社で事務仕事をしていました。出張部門に異動となったのは、つい先日です。私が葬儀屋に入社したのも四年前なので、こう見えて同期なんですよ。年齢は一回り近く離れていますが。」

 コーネインは教会に追加の椅子を運び込むベルを見て、笑っていた。


 正午に差し掛かる頃、ベルは用意された宿舎の一室で紅茶をれる準備をしていた。コーネインに頼まれて昼食の準備をしていたが、彼女の行っている作業に一区切りが付かなかったらしい。ベルは先に昼休憩に入るよう指示されていた。ベルは茶葉を取り出すため、黒いトランクケースに手をかける。すると、扉をノックする音が室内に響き渡った。手を止めたベルが入室を許可すると、蝶番ちょうつがいの軋む音と共にゆっくりと扉が開かれる。

「あの……、貴女も葬儀屋さん?」一人の少年が姿をのぞかせる。

「はい。葬儀屋『Black Parade』出張部門所属の、ベル・テトラテーマと申します。」

 ベルはお辞儀を行うと、少年の容姿を確認し始めた。栗色の髪に整った顔立ち。緑色の瞳。身長は155cmほど。華奢な体つきをしている。何も知らなければ女性と間違えてしまいそうだ。しわのできた白いシャツには、紅茶をこぼした跡のようなシミが出来ている。一通りの特徴を捉えると、ベルは言葉を続けた。

「依頼主キツバ様のご子息、ヒペリカ・モティヴェイター様ですね?」

「あれ? 自己紹介はまだしてないハズなのに、どうして僕だとわかったの?」

 少年が心底驚いた表情を見せると、ベルが顔色一つ変えずに応えた。

「依頼主様の家族構成と身体的特徴は、事前に伺っております。何より、お写真で拝見させていただいたご婦人、ヤコワ様にお顔と髪色が良く似ていらしていたので。」

 栗色の髪をした少年、ヒペリカ・モティヴェイターは母親に似ていることを指摘されると、一瞬だけ目を伏せてた。口に出そうとした言葉が詰まる。しかし、すぐに気を取り直すと、真面目な表情で自己紹介を始めていた。

「改めて、僕の名前はヒペリカ・モティヴェイター。母さんの葬儀を手伝ってくれてありがとう。」

 ヒペリカは軽くお辞儀をすると、ベルの紅い瞳を真っすぐに見つめた。

「実は、お願いしたいことがあって、ベルさんの元を訪れたんだ。」

 ベルはヒペリカを椅子へ座るように誘導した後、茶葉が二人分になるように紅茶をれ始めた。


 ヒペリカ・モティベイターは父のキツバとは違い、ダオスタで産まれ育った少年である。キツバとヤコワの間に生まれた一人息子であり、村一番の美人と言われていた母親から髪色や顔立ちを受け継いでいた。そんな少年が、自分と近い年齢だと見込んだ少女の元を訪れたのだ。

「ベルさんもウサギ耳のお姉さんと同じ葬儀屋なら、葬儀に関するお願いを聞いてくれるんだよね……?」ヒペリカが恐る恐る尋ねる。

「葬儀に関することであれば、微力ながら力添え致します。」

 台所から戻ってきたベルが、暖められたティーカップと紅茶の入ったティーポットを並べ始める。ヒペリカは机の上を確認すると、角砂糖が積まれた皿とミルクポットが既に用意されていた。

「母さんの葬儀が始まる前に、どうしてもやっておきたいことがあるんだ。」

「ヤコワ様の御葬儀は、コーネインが指揮を執っております。そのため、私の一存のみで式に影響を与える事象の判断は致しかねます。ヒペリカ様にお話を頂いた事はコーネインにも伝えておきますが、よろしいでしょうか?」

 ベルは砂時計を机に置くと、ヒペリカの向かい側に腰かけた。

「分かったよ。ただ一つ、気を付けてほしいことがあって。」

 ヒペリカは机をまたいでベルに顔を近づける。両手を合わせると、内緒話をするかのように声を小さくしながら懇願した。

「父さんには内緒で準備がしたいんだ。ウサギ耳の……コーネインさんは、父さんと一緒に式の準備をしていることが多いよね? バレるとサプライズにならないから、父さんにだけは絶対バレないようにしてほしいんだよ。おねがい!」

 しばしの沈黙の後、ベルが口を開いた。

「承知致しました。キツバ様には内密にしておきます。」

 ベルの言葉を聞き、ヒペリカはホッと一息つく。すると丁度、砂時計の砂が落ち切った。ベルが二つのティーカップへ少しずつ交互に紅茶を注ぐ。ヒペリカは自分のカップに大量のミルクと角砂糖を一つ投入すると、ゆっくりと口を付けた。途端、その表情が驚きに変わる。

「うわっ! すごく美味しい! 紅茶ってこんなに美味しかったっけ?」

 ヒペリカは思わず唸りを上げると、あっという間に紅茶を飲み干した。既に二杯目の紅茶を自分のカップに注ぎ始めている。

「特別な紅茶でも持ってきたの?」

 ベルは口を付けていたカップを音も立てずに受け皿へ戻す。

「茶葉はこの町で購入したものを使用しております。高価な茶葉や、入手が困難な茶葉は使用しておりません。」

 ベルの言葉にヒペリカは感心していた。

「ということは、ベルの紅茶をれる腕が良いということだね。」

 ヒペリカの言葉を聞いた刹那、ベルの瞳に過去の記憶が映し出される。

——ベル、また腕を上げたね。君の入れる紅茶は、本当に美味しいよ。

 いつの間にか呼び捨てにされた事にも気づかずに、ベルは表情一つ変えずその場で呆けている。ヒペリカが気付く間もなく我に返ると、いつもの調子で言葉を返した。

「お褒めに預かり光栄です。」


 ベルとヒペリカが紅茶を飲み終えると、部屋の扉が勢いよく開かれた。コーネインが鼻歌交じりに部屋へと入って来る。午前中の作業を終えたのだろう。

「ベルちゃんお待たせ! 昨日、道に迷ってる時に見つけたパン屋さんのフルーツサンドは買ってきてくれた? あの、断面がお花の形になっててカワイイやつ!」

 コーネインがフルーツサンドを探すために部屋中を見渡す。客人が来ていることに気が付くと、彼女の細長い両耳がピンと直立した。

「あら! お客さんが来てたのね。それも、ヒペリカ君じゃない。」

「あ……、どうも。お邪魔してます。」ヒペリカが軽く一礼する。

「あ! しかも、紅茶を飲んでる!」

 机上のティーセットに気付いたコーネインがベルの頭をグリグリと撫でまわす。

「ベルちゃんの淹れた紅茶は世界一美味しいのよ。どうだった?」

「はい! とても美味しかったです!」

「コーネイン、ヒペリカ様に関する件で一つ、相談があります。」

 ベルは二人の会話を遮ると、ヒペリカが宿舎に訪れた理由を話し始めた。ベルが一通り話し終えると、コーネインは空いた椅子へと腰かけた。

「要するに、ヒペリカ君はベルちゃんに手伝ってほしいことがあるのね。」

「葬儀に母さんの好きだったお花を添えたいんだ。けれど、その花は町外れの遺跡がある場所でしか咲いてないって、父さんが言ってた。それで、そのお花探しを手伝ってほしいんです。多分、僕一人だと日が暮れちゃうから。」

「なるほどね……。ベルちゃんには葬儀のリハーサルに参加してもらおうと思っていたのだけれど、ヒペリカ君の方が重要そうね。」コーネインがチラリとベルに視線を向ける。「それで? ベルちゃんはヒペリカ君の依頼を引き受けることにしたの?」

「はい。」

 ベルの短い返事を聞くと、コーネインはにっこりと微笑んだ。

「『ヒペリカ君がお母さんの葬儀に添えるお花を一緒に探すこと』。これが〝葬儀屋『Black Parade』のベル〟が、お客様から受ける初めての依頼ね。依頼主の期待に沿えるように全力を尽くしなさい。」

かしこまりました。」

 ベルはその場から立ち上がると、ヒペリカに対して深々とお辞儀を行った。

「ヒペリカ様、改めてよろしくお願い致します。」




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