第五話
太陽が真上に昇る頃、草木が生えていない荒地を一台の軍用車が駆け抜けていた。手足を縄で縛られた茶髪の青年——ポラン兵が気を失った状態で後部座席に鎮座させられている。隣のシートに腰かけているベルが遠くの景色を眺めていると、ポラン兵が意識を取り戻した。朦朧としているポラン兵に、ベルがポラン語で話しかける。
「お気づきになられましたか。」
「お前は……。」ポラン兵がハッとする。「俺を撃ちやがった……!」
意識がハッキリすると、ポラン兵は身体をもぞもぞと動かしていた。しかし、手足をきつく縛られているおかげで全く身動きが出来ていない。ポラン兵が塞がれていない口で何か捲し立てようとした時、ベルは覗き込むように顔を近づけて言った。
「落ち着いてください。」
少女の紅い瞳と目が合う。ポラン兵は喉までせり上がっていた言葉を呑みこんだ。ポラン兵がおとなしくなったことを確認すると、ベルは自己紹介を行った。
「私は葬儀屋『Black Parade』出張部門所属のベル・テトラテーマです。」
「……は?」
ポラン兵が呆れたように驚く。一瞬の間が空いた後、ポラン兵は思い出したかのように少女へ突っかかっていた。
「あんなデカい拳銃を片手で使って狙撃してくる葬儀屋がいてたまるか! オマケに俺の頭を殴って気絶させやがって!」
「その説に関しては申し訳ございません。」
ベルが頭を下げて謝罪する。ポラン兵は徐々に冷静さを取り戻すと、改めてベルの容姿を確認した。黒いドレスを着た少女だ。こんな少女が武器を持った兵隊を一方的に無力化したのだ。考えれば考えるほど、ポラン兵は何ともばからしい気分になっていた。彼はため息を吐いた後、ベルに疑問を投げかける。
「で? 何で葬儀屋がこんなところに?」
「戦没者を弔うために来ました。」
ベルの一言で、ポラン兵は目を見開いた。彼は口をつぐむと、虚空を見つめながら奥歯を噛みしめている。目をそらしていた現実が見えてしまったかのような、そんな表情をしていた。ベルが残留兵に真実を伝える。
「戦争は終わっています。貴方の戦いも終わりました。」
「……そうか。」
ポラン兵が目をつむる。しばらくの間、彼は車の駆動音に耳を預けていた。
事実を飲み込むと、ポラン兵は目を見開き短く息を吐いた。すぐに怪訝な表情へ変わると、車を運転しているルドベキアへ向かって顎を突き出す。
「だから葬儀屋がそこのデカブツなんかと一緒に居るんだな?」
「ルドベキア様は今回の依頼主です。」
「ルドベキア? ……ああ、イツのクソッタレ野郎だったのかコイツ。」ポラン兵が車を運転しているルドベキアを睨み付ける。「コイツのせいで俺の仲間は皆やられちまったよ。」
「そうですか。」
「そうだよ。お嬢ちゃんがいなけりゃ今頃、仲間の仇が取れてたのによ。」
悪態を付くポラン兵を、ベルが紅い瞳でジッと見つめる。ポラン兵は無言の圧力を感じた。ポラン兵が視線を逸らしても、ベルは見つめ続ける。しばらくすると、圧力に耐えきれなくなったポラン兵がシートの上でバタバタと暴れ出した。
「あー! そんな目で見るな! 分かってるよ! 俺だって戦場でアイツの部下を何人も手に掛けたハズだ! けどな、誰かのせいにしないとやってられねーんだよ!」
ポラン兵は大きなため息を吐くと、シートに大きくもたれかかった。
「……ったく、なんなんだよお前は。」
「葬儀屋『Black Parade』出張部門所属のベル・テトラテーマです。」
「聞いたよ! それは分かったよ!」
ポラン兵はもう一度、大きなため息を吐いた。今までの行動と会話の内容から、彼は少女には敵わない事を何となく悟る。ポラン兵は軽く舌打ちした後にベルを見た。
「ノウゼンだ。ノウゼン・オレアンダー。まだ名乗ってなかったからな。」
「よろしくお願いします。ノウゼン様。」
ベルはノウゼンに頭を下げた後、運転席にいるルドベキアに話しかけていた。イツ語で何かを話し合っている。イツ語が分からないノウゼンは、会話の内容を聞き取ることが出来ない。だが、自分の名前が紹介されている事だけは分かった。
二人が会話を終えた後、ノウゼンがベルに話しかける。
「で? 俺は今から何処に連れていかれるんだ?」
「教会の墓地です。」
「は? どっかの駐屯地じゃねーのか?」
「目的地である教会の墓地が駐屯地よりも遥かに近いので、先に本来の目的を果たすことにしました。」
ベルの言葉を聞き、ノウゼンが鼻で笑った。
「なめられたもんだな。お前らが弔ってる間に俺は逃げ出すぞ?」
「ノウゼン様が逃げ出しても、私たちに不利益はありません。それに、」
——グウゥー……。
ベルが言葉を続けようとした時、ノウゼンのお腹が鳴った。無理もない。地下室で生活していた時は、ろくに食べるものも無かったのだから。ばつが悪そうに顔を赤くするノウゼンを横目に、ベルが言葉を続けた。
「教会で昼食を摂る予定なので、ノウゼン様もご一緒した方がよろしいかと。」
ベルが言い終わると、後部座席の様子をバックミラーで確認していたルドベキアが盛大に笑い声をあげていた。何も言葉を返せずにいたノウゼンは小刻みに体を震わせると、顔を真っ赤にして叫んだ。
「おい! 笑ってんじゃねーぞそこのデク!」
視界に映っている教会へ着くまでの間、ノウゼンは笑い声をあげるルドベキアを睨み続けていた。
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