第四話

 一発の銃声と共に、ルドベキアの黒い軍帽が天高く舞い上がった。ルドベキアの眼前を黄金色の弾丸が通過する。ベルが咄嗟にルドベキアへ突進していなければ、その弾丸は彼の頭部を貫通していただろう。突然の出来事にルドベキアは理解が追いついていなかった。

「ぐぁ!?」ルドベキアの巨体が宙に浮いている。

「借ります。」

 ベルが一言だけ告げ、ルドベキアの腰に右手を回す。彼が携えている青紫色の回転式拳銃を引き抜くと、弾丸の発射位置を紅い瞳で睨み付けた。


——茂みの傍にある瓦礫の隙間。

——対象との距離はおよそ二百メートル。


 ベルは片手で銃を構え撃鉄を起こすと、宙に浮いた状態で引き金を引いた。

 

——ドパァン!


 拳銃のシリンダーが回転し、銃口から白い硝煙が漏れ出す。

「——!?」

 発射音が響いた直後、遠くの瓦礫から男性の叫び声が漏れ出していた。四十口径を超える弾丸は無事に対象物へと命中したようだ。

 ルドベキアは地面へ仰向けに倒れこみながら、突進してきたベルをそのまま抱きかかえた。耳鳴りが止まない中、ルドベキアは慌てた様子でベルに問いかける。

「撃たれたのか!? というより、君も撃ったのか? 私の銃で!?」

「遠くから狙撃されたようです。とりあえず、敵の銃を弾き飛ばしておきました。」

 ベルが右手に銃を持ったまま表情一つ変えずに答える。彼女は立ち上がると、自分が撃った弾丸の着弾点へと真っすぐに向かった。ルドベキアが慌ててその場から立ち上がり、ベルを制止する。

「おい! 敵は銃を持っているんだ! 危ないぞ!」

「弾き飛ばした銃が相手の顔面を強打していたので、既に無力化できています。」

「だとしても、まだ仲間がいる可能性もある!」

「他に人の気配はしないので大丈夫です。」

 ベルの回答に対して、ルドベキアは半ば呆れていた。そんなルドベキアの様子など気にも留めず、ベルは目標地点へ堂々と歩を進めている。ルドベキアは大きな溜め息を漏らすと、落ちた帽子を拾い大急ぎでベルの後を追いかけた。


 二人が茂みの傍にある瓦礫へたどり着くと、男性のうめき声が聞こえてきた。濃緑にくすんだカーキ色の軍服を着た男性が、顔面の右半分を抑えながら倒れている。彼の傍には銃身から折れ曲がっているライフル銃も地面に転がっていた。ルドベキアが男性の首元に付けられている襟章を確認する。

「……やはり南ポランの兵隊か。おい、立てるか?」

 ルドベキアが声を掛けると、若いポラン兵がハッとした表情で彼を見た。狙撃相手が目の前にいることに気付き、足元をふらつかせながら素早く立ち上がる。ポラン兵が懐のナイフを取り出そうとした時、ルドベキアは咄嗟にポラン兵の手を掴んだ。そのままポラン兵の親指を下に向けて、手を外側にひねる。

「——!?」

「軽い脳震盪を起こしているんだろ? 無理はするな。」

 ポラン兵は片腕を掴まれながらその場でうずくまった。額が地面に擦り付いた状態で何やら喚いている。

「——! ——!」

「さすがにポラン語は分からんな……。」

 暴れようとするポラン兵を片手で押さえつけながら、ルドベキアは軽く溜め息を漏らした。ふと辺りを見渡した時、いつの間にかベルの姿が見えない事に気が付く。

「あれ? ベルさーん?」

 ベルからの返事が返ってこない。その代わりに、茂みの奥からガサガサと草を掻き分ける音が聞こえてきた。ルドベキアがポラン兵を押さえつけながら少し身構える。茂みの奥からベルが姿を現すと、ルドベキアはホッと一息漏らした。

「ああ、ベルさん。急にいなくなるから心配しましたよ。」

「茂みの近くに人ひとり通れる穴が隠されていました。」ベルが黒いスカートに付着した葉っぱを掃っている。「中に入って探索しましたが、元々は瓦礫になっている家の地下倉庫だったと思われます。今でも誰かが生活しているような雰囲気が残っていました。」

 ベルがポラン兵に視線を向ける。ルドベキアに掴まれた状態のまま、相変わらずうめき声をあげていた。つられるようにルドベキアもポラン兵へ視線を向ける。よく見ると、若いポラン兵は軍人と思えないほどに痩せこけていた。

「残留兵だったのか……。よく今まで見つからずに済んでいたな。」

 同情心からか一瞬、ポラン兵を掴んでいるルドベキアの力が緩んだ。その隙を突くかのように、ポラン兵が掴まれていた腕を振りほどく。彼が懐のナイフに手をかけようとした、その瞬間。

 

——ゴンッ!


 鈍い音が辺りに響き渡る。ベルが回転式拳銃のグリップ部分でポラン兵の後頭部を軽く殴りつけていた。脳震盪を起こしたポラン兵が有無を言わずその場にパタリと倒れこむ。ルドベキアは己の失態を誤魔化す様に苦笑いを浮かべた。

「……君は怪我人にも容赦がないな。」

「あくまで依頼主様の安全を優先しただけです。」

 そう言うと、ベルは花の装飾が施されている回転式拳銃をルドベキアに返却した。




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