第三話

 朝日が昇り切った頃、草木が生えていない荒地を一台の軍用車が駆け抜けている。ルサティア地方は元来、森や湖などの豊かな自然環境を有していた地域だった。先の戦争が原因で、そんな豊かな自然は見る影もなくなってしまったのだが……。

「ルサティア地方は東にポラン国、南にチェスカ国と隣接しているのはご存じだと思います。そんな立地の影響でポラン統一戦争時は図らずとも激戦区になってしまったのですよ。」

 車のハンドルを手に取るルドベキアが、助手席に座るベルに話しかけていた。ベルは遠目に映る壊れた砲台を眺めながら返答する。

「戦争末期に南ポランが中立国だったチェスカ国内を通行し、チェスカの国境線からイツ国に奇襲をかけようとした事は聞き及んでいます。」

「よくご存じですね。流石です。」

「その作戦を逆に利用し反撃の狼煙を上げたことで、イツ国民から『英雄』と呼ばれるようになった。そのようにルサティアの方々が話しているのを聞きました。」

 当時の状況を思い出したのか、ルドベキアの表情が強張る。

「イツ国がポラン統一戦争へ介入する前にも、南ポランがイツ国内に無断で軍を走らせて北ポランを奇襲していましたからね。膠着状態となった時に、似た様な手を使って来る事は予測が出来ました。念のためチェスカ国境付近の監視を厳重にしていたら案の定……、と言うわけです。」

 この会話を最後に暫くの間、車内にはエンジン音とタイヤが大地を駆け抜ける音だけが鳴り響いていた。妙に気まずくなり何か話題を振ろうかと、ルドベキアが横目で助手席を見る。ベルが目をつむって体をシートに預けていた。

「寝ていたのか……。」

 ルドベキアが視線を前方に戻そうとした時、布が擦れるような音が聞こえた。再びベルに視線を向けると、少女が胃の辺りを片手でさすっている。よく見ると、今朝よりも顔色が青い。ルドベキアはこみ上げる笑い抑えながら、ベルに声をかけた。

「ベルさん、もしかして酔いました?」

「……。」

 ベルが静かにコクリと頷く。ルドベキアは車をゆっくり減速させると、小川沿いにある民家の跡地に停車させた。サイドブレーキを引き上げ、ベルに話しかける。

「次からは遠慮なく言ってくださいね?」

「……。」ベルは再びコクリと頷いていた。


 ベルは車から降りると、近くの瓦礫に体を預けながら深呼吸していた。緩やかに吹いている風の中に、鉄と血の臭いが入り混じっている。辺りには住居だったと思わしき瓦礫の山が散乱していた。元々はこの辺りにも人が住んでいたのだろう。ベルが戦場の跡地であることを肌で実感していると、車を降りたルドベキアが心配そうに駆け寄ってきた。

「気分はどうですか?」

「少し落ち着きました。」ベルが短く息を漏らす。

「意外でしたよ、ベルさんが車酔いを起こすなんて。鉄道の旅を終えた後は平気そうにしていたので、尚更です。」

「自動車に乗るのは久しぶりだったので。お手数をお掛けしました。」

 ベルがルドベキアに頭を下げる。顔を上げたベルの血色が良くなっていることを確認すると、ルドベキアは大きな手で彼女の小さな肩をポンポンと叩いた。

「構いませんよ、急ぎの旅でもないので。もう少し休んでいきましょう。」

 そう言うと、ルドベキアはベルの隣で横たわる瓦礫へと腰かけた。一息ついた後、青い空を眺めている。ベルが辺りの景色を眺めていると、離れた位置で何かがキラリと光った。〝何か〟が太陽光を反射したようだ。ベルは目を凝らして光った場所を確認した。瓦礫の隙間から顔を覗かせる銃口がルドベキアに向けられている。


——タァーーーン!


 一発の銃声が戦場跡に鳴り響いた。




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