第二話
七月二八日
空から天使が落ちてきた。正直、僕が今まで体験した事件の中で最も衝撃的な出来事が起きたと言っても過言ではない。そういう事もあって、僕はこうして筆を
今日も一日、いつもどおり屋敷で本を読みながら過ごすものだと思っていた。今の僕は生きた屍だ。日に日に体が重くなっている事を実感している。この
何の偶然か、昨日から今日の昼までは〝
丁度、
「大丈夫ですか、レオント様?」従者は慌てた様子だった。
「あぁ。森で何かあったみたいだな。」
「少し様子を伺ってきます。レオント様はここで……」
「僕が行く。すぐ戻るから、プラムさんは昼食の準備をして待っていてくれ。」
この時、僕の頭は好奇心でいっぱいだった。従者が渋い顔で僕を見ていたのは言うまでもない。だが、僕は退屈で仕方がなかったのだ。繰り返し、同じことしかできない日々に。ちょっとしたハプニングくらいは楽しませてほしいものだ。
僕はランタンを片手に真っ暗な森の中を探索し始めた。いつもより動物たちの鳴き声がやかましい。唯一の灯りが森を照らすと、動物たちが辺りをせわしなく移動している姿が目についた。やはり森の中で何かが起きたのだろう。そう思い、僕は森の奥へと突き進んだ。
「……何だ?」
僕が広場に近づくと、木々の隙間から日の光が差し込んできた。おかげで広場の様子がハッキリと確認できたのだが、その時の衝撃は今後も忘れることはないだろう。遠目からは人形のように見えたが……、人だ! 人間の少女だ! ガラス細工のように華奢な
——美しい……。
見とれてしまった。自分と同じ人間には見えなかった。天使にしか見えなかった。子どもの頃、美術館で見た絵画に描かれていた様な、美しい天使に。一年に一度発生する
だが、今は昔の記憶を思い出している状況ではない。少女は地面に伏したままピクリとも動いていないのだ。慌てて少女に近づき呼吸を確認した。消え入りそうなほど静かにではあるが、呼吸はしている。身体に大きな外傷はないが、擦り切れた様な
屋敷にたどり着いた頃には既に
「レオント様? いったい何があったのですか? その子は……。」
「僕にもよくわからない! とにかく、ベッドに運んで手当てをするから、薬箱を持ってきてくれ! 今すぐに!」この時の僕は息を切らしていただろう。
「わ、わかりました!」
ひとまず、寝室のベッドに少女を寝かしつける。薬箱を抱えた従者が部屋に入って来ると、二人で少女の手当てを行った。士官学校時代に習った応急手当の知識がこんなところで役に立つとは……。服はとりあえず僕のシャツを着せておくことにした。サイズは全く合っていないが、何も着ないよりはマシだろう。一通りの処置を終えて一息ついた時、もの凄い疲労感に襲われた。こんなにも体を動かしたのは久しぶりだったからな……。今やこの体たらくだが、かつて軍人を目指していたかと思うと、自分が情けなくなる。
その後も少女の様子を見ていたのだが、スヤスヤと寝息を立てているだけで起きる気配は全くなかった。これを書いている時は既に夜だが、今でも僕の寝室をしっかりと占拠している。よほど疲れていたのだろう。屋敷に運んできた時と比べて、顔色も良くなっているような気がする。明日は都市部で行方不明の少女が存在しているか、従者に確認してもらう事にしよう。
というわけで、彼女は何者なのか、何処から来たのか、その他諸々の事情は今の所まったく分からない。彼女が目覚めた時に分かる事ではあるが、不審な点が多い事も気がかりだ。彼女はわざわざ
とりあえず、状況が落ち着くまでは面倒を見ようと思う。偶然とは言え、落し物を拾ってしまったのだから。
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