第二章 恩人

第一話

 イス国最大の都市トライアンフ。イス国中央部にあるトライアンフ湖の北西端に位置する、世界でも有数の大都市である。そんな町の湖沿いに、モノクロツートンカラーの立派なお屋敷——葬儀屋本社が存在していた。

 葬儀屋本社の社長室に置かれている茶色いソファに、葬儀屋『Black Parade』社長のデュラン・Lロード・クリフデンが座っている。応接テーブルを挟んで反対側のソファには、ダオスタから帰社したばかりのベルとコーネインが座っていた。

「……以上が今回の報告です。」コーネインが書類をまとめる。

「コーネイン。それとベルちゃん。二人ともご苦労様。依頼主さんにも喜んでもらえたようだし、これで一安心だ。」

 デュランはソファに深くもたれかかると、コーネインの隣で座っているベルへ視線を向けた。ベルの黒い衣装とは対照的な、白い〝何か〟がデュランの視線を奪う。

「ところで……、ベルちゃんはどうして白いクッションを抱えているんだ? ダオスタに行った時は持ってなかったよな? 買ったの?」

「コーネインから頂きました。」

「私からベルちゃんへのお土産よ!」コーネインが挙手している。

「何で連れに対してお土産を買ってるんだよ……。」デュランが呆れる。

「私への慰労品だそうです。」

「そうなんですよ! ベルちゃん、大活躍だったので! あ、社長へのお土産もありますよ。はいこれ。」

 コーネインが袋から小さな箱を取り出し、デュランに手渡す。デュランが箱を開けると、中から小瓶が出てきた。

「わざわざどうも…って、香水かこれ? 俺に?」

「社長も四十に近づいてるんだから、そろそろ自分の体臭を気にしておいた方が良いと思いますよ~。」コーネインがにやけながらデュランを両手で指さす。

「お前……。」デュランの表情が引きつる。「とにかく! 今日はもう解散! 二人とも明日は休暇を与えてるから、ゆっくり休んでくれ! お疲れ様!」

「おつかれさま~。」

「お疲れ様です。」

 ベルとコーネインは立ち上がり一礼すると、荷物を抱えて退室した。扉が閉まり二人の背中が見えなくなると、デュランはその場で勢いよく息を吐いた。自分の仕事に戻る為、香水を手に取りソファから立ち上がろうとする。その途中でピタリと動きを止めると、彼はげんな表情で自身の体臭を確認し始めた。

「……もしかして既に臭うのか? 俺から加齢の気配が? コーネインは遠回しに、そのことを伝えていたのか? ううむ……。」

 デュランはぶつぶつと独り言を呟きながら室内を徘徊し始める。足を止めて自分に香水を吹きかけた後、社長椅子に勢いよく腰かけた。

「……この香水、意外と香りは強くないんだな。」

 そう呟いた後、デュランは社長室の扉が開いている事に気が付いた。空いた隙間からウサギの様な細長い耳がにゅっと伸びている。デュランは咳ばらいをした後、姿を隠している人物へと冷静に呼びかけた。

「コーネイン? どうした? 忘れ物でもしたのか?」

「そうなんですよ~。」コーネインが扉の奥から姿を現す。

「それっぽいものは見当たらないが……。」デュランが室内を見渡す。

「一番、大切な報告を忘れていました。」

 コーネインは部屋に入るなり、デュランが使っているデスクの上に腰かけた。彼女はまぶたを閉じ、デュランへと背中越しに語り掛ける。

「ベルちゃんは大丈夫です。時々、どこか遠くの景色を見ているような時はありますけれど……。急にいなくなるなんて事は無いと思います。」

「……俺は不安で仕方ないけどな。」デュランが頭の後ろで手を組む。

「社長は過保護すぎるんですよ。彼女だって立派な淑女なんですから。小っちゃくて可愛いですけども。もっと信頼してあげるべきですよ。」

「そうだよな……。」

 コーネインは山積みの書類を崩さずに机から飛び降りた。憂いを帯びた表情のデュランを横目に、コーネインは社長室の扉を開く。帰り際に彼女は笑顔で言い放った。

「あ、それと! まだ社長から加齢臭はしていないので、安心してください!」

 コーネインは片手を振りながら退室した。デュランが天井を仰ぐ。

「……見られてたか。」

 デュランはデスクの椅子に深く腰掛けると、机から古びたノートを取り出した。表紙には『Five Years Diary』(5年日記)と書かれている。デュランは表紙を優しくなでると、小さな声で呟いた。

「なぁレオント。俺は不安だよ。あの子がお前に近づこうとしている姿を見ると、とても不安になる。けれど、お前に頼まれたからな……。あの子が前に進もうとすることは止めはしない。止めやしないさ……。」

 デュランは日記帳の表紙をめくると、友が残した記録を読み始めた。




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