第一章 葬儀屋

第一話

 まだ夏の暑さが残る季節。雲一つない青空に黒煙を噴き上げながら、山間部を機関車が力強く駆け抜ける。二等車席の窓際にたたずむ少女——ベル・テトラテーマは、開けた窓から吹き込む心地の良い風を肌で感じていた。漆黒の長いツインテールと肌の出ない黒いドレスを風になびかせながら、目的地への到着を待っている。


——次は終点、ダオスタ。ダオスタに停車します。お忘れ物の無いよう……。


 次の停車駅を告げながら車掌が列車内を巡回している。目的地の名前を聞いた時、ベルは依頼の内容を思い出していた。


——ダオスタにて、妻の葬儀を行ってほしい。


 ベルは表情一つ変えぬまま、車窓の外に広がる花畑を紅い瞳で眺めている。すると突然、茶褐色に染まっている〝うさぎ〟の様な細長い耳がベルの視界へ入ってきた。片方の耳がベルの鼻先をつつくと、ベルは視線を細長いうさぎ耳の持ち主へと移す。ベルの向かい側に座っている、黒い服に茶褐色の髪を持つ美しい女性がニコニコと笑みをこぼしていた。

「ベルちゃん。トライアンフ駅を出発してからずっと窓の外を眺めてるけど、何か面白い物は見つかった?」

「いいえ。」ベルがうさぎ耳の美女に素っ気なく返答する。

「そういえば! この辺りでは大きな耳を持った小さな動物がいるらしいわ! 私と同じような! 一度でいいから、見てみたいわ~!」

「コーネイン。この辺りに住むうさぎの耳は、貴女の耳より短いですよ。」

 ベルの味気ない返答に、コーネイン・フリゼットの細長い耳がしょんぼりと垂れ下がる。コーネインが耳でベルの頭をペシペシ叩いていると、先頭車両から折り返してきた車掌がコーネインを物珍しそうに見ていた。無理もない。彼女のような獣の耳を持つ種族は大きな海を越えた先か、大陸の反対側でしか見られないのだ。


 ベルが窓の外へ視線を戻すと、コーネインも少女の視線を追うように車窓から見える景色を眺めた。黄色い花が山々の斜面を覆い尽くさんばかりに咲き乱れている。そびえ立つ山の一つ一つに、芸術家の筆で描かれる絵画のような光景が広がっていた。「ねぇベルちゃん。ダオスタがタリア国の観光に訪れたい町ランキングで三年連続一位の理由、知ってる?」コーネインが唐突に語り始める。

「一年中咲き乱れている花と、前時代から残る遺跡のお陰だと目にしました。」

「さすが! 下調べはしっかりしているみたいね!」

 コーネインがベルの頭をよしよしと撫でる。ベルがコーネインへ視線を向けると、コーネインは続けてベルに質問を投げかけた。

「じゃあ、私たちが今こうして機関車の旅を楽しめている理由は何でしょうか?」

「……。」ベルは再び顔を窓の外へと向ける。

「ちょっとぉ!? せっかく少しいい話をしようとしてたのに!」

 愛想のかけらもないベルに対して、コーネインは細長いうさぎ耳で少女の頭をしつこいほどに何度もペシペシと叩いている。ベルが面倒くさそうにコーネインへと顔を向けると、コーネインの表情がパアっと明るくなった。

「イスタリア鉄道の建設工事中に続々と遺跡が発見された事は知ってる?」

「はい。」

「ダオスタがここ二十年で急激に発展した理由は?」

「花と遺跡を観光事業に使用した成果だと思います。」ベルが無表情のまま答える。

「う~ん……。それだと30点かな?」

 コーネインはどこか勝ち誇ったような顔をしていた。初仕事の少女相手に、年上のお姉さんとして良いところでも見せようとしているのだろう。コーネインはご機嫌な様子で理由を語り始めた。

「理由は主に二つ。一つは、定住者が増えた事。遺跡を調査しに来た考古学者や発掘隊がそのままダオスタに定住したのよ。そのおかげで村が町になったから、本来は首都間を結ぶ線路の通り道でしかなかったダオスタに停車駅が出来たそうよ。」

「もう一つは?」

「もう一つは、観光客の増加ね。駅が出来たから、遺跡目当ての観光客が訪れやすくなったのよ。そのおかげで、お花を使った特産品が飛ぶように売れたみたいね。儲けたお金で町もどんどん発展して、ダオスタ止まりの列車本数も年々増えたのよ。」

「なるほど。」

「と言うわけで、私たちが機関車の旅を楽しめている理由は、ダオスタが観光に訪れたい町ランキングで三年連続一位の理由と同じ! お花と遺跡のお陰なのよ!」

 コーネインがダオスタの歴史を満足げに語り終える。少し間を置いてから、ベルは彼女の言葉に応えた。

「勉強になりました。」

 ベルは視線を窓の外へと戻した。緑の草木が敷き詰められた野原も、黄色い花に覆われた山々も、雲一つない青空も、その紅い瞳には何一つ映っていない。少女は天に昇り消えてなくなった黒煙を、ただただ見つめていた。

 

 ベルが車窓からの景色を眺めていると突然、周りの景色が真っ暗になった。ふと辺りを見渡すと、車内がほのかに明るい。点在する灯火は夜の闇だけでなくトンネル内での暗闇を照らす役割もあるようだ。しばらくすると、片手にランタンを持った車掌が薄暗い扉の先から姿を見せた。

 

——まもなく、ダオスタに到着いたします。


 機関車のブレーキが徐々に踏まれ鋼鉄の軋む音が車内に鳴り響く。ベルは自身の持つ黒い大きなトランクケースを確認した。留め具はしっかりと閉まっている。特にこれといった落し物はなさそうだ。もっとも、ペンを一つ落としていたとして、この暗さでは気が付かない可能性の方が高いが……。ベルがそう思った瞬間、車窓の外から眩しいほどの光が降り注いだ。ゆっくりと瞼を開き紅い瞳で外の光景を眺める。駅のホームに立てかけられている看板の文字が真っ先に視界へと入ってきた。

 

——荘厳な山と可憐な花に囲まれた秘境〝ダオスタ〟へようこそ!




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