第六話

 トライアンフ湖の水面に月明かりが浮かび上がる頃、葬儀屋本社の社長室から明かりが漏れ出していた。デュランが頬杖をつきながら古びた日記を読んでいる。静かにページをめくった時、軽いノックの音が三度、社長室に響いた。

「……こんな時間に誰だ?」

 デュランが入室を促すと、コーネインが丸いお盆を片手に社長室へと入って来た。お盆の上には二人分のティーセットが用意されている。

「お疲れ様です社長~。お仕事の方は…って、本を読んでただけですか。」

「なんだ、コーネインか。まだ本社に残ってたのか。」

「社員のみんなにお土産を配り周っていたら、こんな時間になっちゃいまして。そろそろ帰ろうかなと思った時にふと社長室を見ると、まだまだ明かりが付いてるじゃないですか! お仕事頑張ってるんだろうな~と思って差し入れを用意したんですが、心配して損しました。」

「……悪かったな、仕事熱心な社長じゃなくて。」

 コーネインが応接テーブルにティーセットを置くと、二つのティーカップに紅茶を注ぎ始めた。室内に紅茶の心地よい香りが漂う。デュランは日記を閉じると、コーネインの向かい側にあるソファへと移動し腰を下ろした。

「何の本を読んでいたんですか? 立派な装丁でしたけど。小説ですか?」

「日記だ。レオントのな。」

「え? レオントさんの? 何で社長が持ってるんですか?」

「貰ったんだよ。」

 デュランは紅茶のティーカップにそっと口を付けた。心地よい苦みが口いっぱいに広がる。彼はティーカップをソーサーに戻すと、その場から立ち上がった。作業机へと向かい、机上に置かれた日記を手に取る。デュランは日記を片手に再びソファへ戻ると、コーネインにも見えるよう応接テーブルに日記を置いた。

「日記なんて付けるヤツじゃなかったのにな……。」

「いつ頃から書き始めたんでしょうね?」コーネインが日記の表紙をめくる。

「五年前から書き始めたみたいだ。ベルちゃんのことばっか書いてるぞ。」

「あ、じゃあメリア大陸を訪れた時の事は書いてないのね。ざーんねん。」

 コーネインは両方の掌を上に向けて肩をすくめた。彼女の長い耳もしょんぼりと垂れ下がっている。その様子を見たデュランがクスリと笑った。

「そういえば二人が初めて会ったのは、メリアのアソルト王国を訪れたレオントを、学生だったコーネインが案内した時だって言ってたよな?」

 レオントの質問を耳にし、コーネインはその長い耳を元気よく直立させた。

「ええ! 第一印象から、金髪碧眼で身なりの整ったすごく格好良い人だなって思いましたよ! 町を案内している時も私の事を気遣ってくださって……。まさに紳士でしたね! どこかのだれかさんと違って。」コーネインがデュランに視線を向ける。

「……悪かったな、赤毛で身なりの整ってない不良品で。」

 表情を歪ませ無精髭を掻くデュランに対し、コーネインがゲラゲラと笑い声をあげている。デュランはため息を吐くと、カップに残った紅茶を一気に飲みこんだ。コーネインがティーポットを手に持ち紅茶を注ぎ足す。

「社長とレオントさんは士官学校時代の同級生なんですよね?」

「そうだ。レオントは飛び級で士官学校に入学して、俺はギリギリまで入学を渋ってたから、歳は離れてるけどな。遊び人で不真面目な俺に、取り憑かれたかのように真面目だったアイツ。学生時代に執った行動は正反対だった。動機は『親への反抗心』と言う全く同じものだったけどな。」

「確かに、レオントさんの浮いた話は聞いた事がないです。社長と違って。」

「うるせぇ!」

 ケタケタと笑うコーネインをよそに、デュランはソファにもたれかかりながら天井を見上げる。彼はフゥっと一息付くと、話を続けた。

「だから驚いたんだよ。女もいないのに、女の子を育ててるとか言ってきた時は。」

「……社長はベルちゃんといつ、知り合ったんですか?」

「四年…半ほど前になるかな……。丁度、葬儀屋が設立されて一周年くらいの時だ。レオントから『見せたいものがある』とか言われて、あいつの屋敷に呼び出されたんだよ。その時は、どうせいつもの骨董品コレクションをお披露目するものだとばかり思ってたんだけどな……。」

 一度言葉を区切ると、レオントの表情が真剣なものに変わった。

「あの時の事はよく覚えている。」




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