第三話

 発砲音が響き渡ると同時に木製の的に風穴が空く。学校の射撃訓練場で白い制服を着た生徒たちが的に向かって拳銃を撃っていた。アザールがタブレット端末を片手に生徒たちの様子を見守っている。突然、訓練場入口の自動扉が開かれると『少女』の腕を引っ張りながらシェムが入室してきた。訓練場に入るなり、シェムはアザールに頭を下げる。

「遅れて申し訳ございません! BAD-01さんを連れてきました!」

「AAH-41さん、わざわざありがとうございます。」アザールが微笑む。

「いえ! これくらいお安い御用です!」シェムが満面の笑みを浮かべる。

「(ホント、教師に対する外面だけは良いよな……。)」

 アルマが遠目からシェムを見ていると、アザールがアルマに向かって手招きをしていた。一仕事を終えて発射台へ向かうシェムと入れ替わるように、アルマがアザールの元へと駆けつける。

「何か用ですか?」

「AAH-35さん、BAD-01さんに訓練場の使い方を教えてあげてください。」

「え? 俺が?」アルマが拍子抜けした声を出す。

「貴方も卒業間近ですからね。振り返りの意味も込めて、他人に物事を説明できるようになっておいてください。」

「分かりました。」

 要件を伝えると、アザールは訓練場に隣接するモニター室へと向かった。その場に取り残された『少女』がアルマに向かって話を切り出す。

「なにをするばしょ?」

「ここは拳銃の射撃訓練を行う場所。ここみたいに射撃訓練が出来る訓練棟は、階層ごとに使っていい銃の種類が違うんだ。基本的には使える銃の射程に応じて的までの距離も変わってるからさ。」

 アルマは『少女』を連れて発射場まで向かった。発射台の左右は天井まで届いている透明の壁で仕切られている。二十メートル先には一メートル四方の的が設置されていた。表面にはホログラムで何重にも円が描かれている模様が映し出されている。円の中心には〝十〟と書かれており、円の外側には〝0〟と記載されているようだ。

「真ん中に当てるほど得点は高くなるんだ。十発撃った時の合計点が評価の対象になるから、集中力を切らさないのがコツかな? 試しに俺が撃ってみるから見てて!」

 アルマは腰に下げていた鈍色の自動式拳銃を的に向かって構える。彼は一度、深呼吸をして気分を落ちつけた後、引き金を絞った。無駄のない姿勢から弾丸が次々に発射される。あっという間に十発の弾丸が的に命中すると、後ろの壁に表示されている掲示板にアルマの成績が記載された。

 

——AAH-35 HG20M 92ポイント


「うーん、ハイスコア更新ならずか。」

 アルマが首をひねる。銃を指に引っ掛けてくるりと一回転させると、後ろで見ていた『少女』に向かって声を掛けた。

「じゃあ次は君の番……って、もしかして銃を持ってない?」

「はい。」

 アルマは改めて『少女』の全身を確認した。白い制服とは対象的な長い黒髪。学校内でもひと際目を引く紅い瞳。華奢で小柄な体格……。

「シェムも言ってたけど、ホントにお人形さんみたいだな、君。」

「……?」『少女』が首をかしげる。

「まあいいや。とりあえず俺の拳銃を貸すから、試しに撃ってみな。」

 アルマが『少女』に鈍色の自動式拳銃を手渡す。明らかに不慣れな姿勢で『少女』が拳銃を両手で構えていた。白く細い指で引き金を絞る。弾丸は見事ど真ん中に命中した。……一つ右隣の的にだが。左右で訓練をしていた生徒が噴き出している。

「どこに撃ってんだよお前!」左隣の男の子が爆笑している。

「ま……間違えて私に当てないでくださいね。」右隣の女の子が苦笑いを浮かべる。

 周囲の嘲笑を気にすることなく、『少女』は続けざまに引き金を絞った。金色の弾丸が四方八方に飛び回る。全弾撃ち終わった後も正面の的は無傷だった。

 

——AAH-35 HG20M 0ポイント


「あ、俺の銃だから俺の名前でスコアが表示されてる……。」

「むずかしい。」『少女』は空になった弾倉を取り外す。

「ま、そのうち慣れるよ。」

 アルマが愛想笑いを浮かべていると、少し離れた位置で歓声が湧き上がった。皆の視線の先には的に向かって銀色の拳銃を構えるシェムの姿が映っている。彼女が引き金を絞るたびに野次馬の歓声が大きくなっていった。

「相変わらずスゲーなAAH-41はー! 今日は調子良さそうだし、史上初の満点を取るんじゃないかー?」小太りの男の子が興奮気味に眺めている。

「おや? 一発逸れてしまいましたね。しかし、この調子ならば最高記録は更新するのではないでしょうか?」細身の男の子が冷静に分析している。

 ギャラリーの盛り上がりを意に介さず、シェムの放った弾丸が次々と的の真ん中付近を貫いていく。『少女』とアルマはギャラリーの外側から彼女の姿を眺めていた。

「凄いだろ? 俺も射撃の腕にはそこそこ自信あるけど、アイツには一回も勝てたことが無いんだ。出会って間もない頃は対抗心を燃やしてたけど、今じゃもうお手上げ降参だよ。」

 アルマが両掌を上に掲げていると、シェムが放った十発目の弾丸が的のど真ん中に命中していた。銀色の銃口から硝煙が漏れ出している。

 

——AAH-41 HG20M 98ポイント


 掲示板にシェムの得点が表示されると、発射場の周りを取り囲んでいたギャラリーから歓声が湧き上がった。

「おお! 歴代最高記録更新ですね! 素晴らしい!」

「スゲー! さすが学園創設以来の天才だなー!」

「ま、私にかかればこんなものよ!」

 シェムは拳銃を一回転させてホルスターにしまうと、腕を組みながら得意顔でその場にふんぞり返っていた。蝶を象ったヘアピンが照明の光に反射してキラリと輝く。鳴りやまないざわめきの中、生徒たちはそれぞれ思い思いに感想を言い合っていた。

「あれでもっとマシな性格だったらなー。」

「先生の前ではしおらしいですが、私たちの前では狂犬ですからね。」

「やっぱすごいのは成績と胸だけかー。」

「あぁ!? なんか言ったかお前ら!?」


——リンゴ―ン リンゴ―ン


 シェムの怒鳴り声を上書きするように講義終了の鐘が響き渡る。モニター室に居たアザールが訓練場に姿を現すと、手を二度叩いた後に話し始めた。

「本日の訓練はこれにて終了ですね。希望者は残って自主練習に励んでもよろしいですが、くれぐれも食事の時間には遅れないようにしてください。」

 周りから同意の声が響き渡ると、生徒たちは続々と訓練場から退出していた。鳴り止まなかった発砲音が生徒のざわめきに変わり、そのざわめきも徐々に静かになっていく。ギャラリーが居なくなると、シェムはアルマと『少女』のいる射撃台へと近づいた。

「アンタたち、この後どうすんの?」

「ちょっとだけここにのこる。」『少女』が答える。

「俺ももうちょっと練習したいかな。卒業までにハイスコアも更新したいし。」

「……あっそ。熱心なことね。私は部屋に帰るわ。」

 シェムがどこかつまらなさそうな表情を見せる。シェムが訓練場の出口に向かおうとした時、アルマが何か思い出したかのようにわざとらしく彼女を引き留めた。

「あー……、そうだシェム。時間あるならコイツに射撃のコツを教えてやって。」

「はぁ?」シェムが振り返る。

「コイツ、放っといたら間違えて人を撃ちそうな勢いなんだ。」

 露骨に面倒くさそうな表情を見せるシェムに対して、アルマが言葉を付け加えた。

「俺なんかより、歴代最高記録保持者様に教わった方が良いと思うけどな。」

 アルマの言葉に、シェムがピクリと聞き耳を立てる。アルマはしたり顔でその場にしゃがむと、『少女』に何かを耳打ちし始めた。『少女』が軽くうなずく。

「おねがいします。」

「な! 頼むよシェム! コイツもこうやってお願いしてるし!」

 アルマと『少女』がシェムに向かって頭を下げる。シェムはさも興味が無さそうな態度を取り繕いながら応えた。

「……そこまでお願いされたら仕方ないわね! この歴代最高記録保持者、シェム様に任せなさい!」

 シェムが二人の前でフフンと鼻を鳴らしていた。高笑いを上げるシェムを横目に、アルマは『少女』にこそこそと話しかけた。

「な? 普段はツンケンしてるけど、案外ちょろくて優しいヤツなんだよ。」

「そうだね。」

「あぁ? どこの誰がちょろいって!?」

 他に誰もいない訓練場に、三人の話し声が響いていた。




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