第十一話

 雲一つない日の昼下がり。ベルはダオスタ駅構内のベンチに座りながら列車の発車時刻を待っていた。ベンチのすぐ隣にある売店でコーネインが葬儀屋社員へのお土産を選んでいる。

「うーん……、迷うわね。社長へのお土産は……。可愛いお花の髪飾り……は、男の人だと使わないか……。売店のおばあ様、何かオススメのモノはありませんか?」

「そうだねぇ……、それならこっちの香水なんてどうだい? 男性用に作られたモノだから、それほど甘い香りもしないよ。今時、男の人でも匂いを気にする人は多いからねぇ。消臭効果も兼ねてるコイツは効果抜群だよ!」

「よし! その香水、買った! ……あ、それから!」

 コーネインがベルの方へと顔を向ける。

「ベルちゃんも何か欲しいものはない? 昨日の葬儀はベルちゃん抜きだと成功しなかったわ! 初仕事おめでとーも兼ねて、何でも好きな物を買ってあげる!」

「気持ちは受け取っておきます。」

「じゃあ、ベルちゃんにはこの白いダリアのふわふわクッションを……」

「話を聞いてください。」

 ベルが静かに息を吐く。すると、隣のベンチから笑い声が聞こえてきた。二人の見送りに来たキツバが我慢しきれずに爆笑している。ベルはキツバに向かって深々と頭を下げた。

「お見苦しい所をお見せしてしまい、申し訳ございません。」

「ハハハッ! 気にしないでください! コーネインさんがお茶目な方だというのは気が付いていたので!」

 何かが笑いのツボに入ったのだろう。しばらくの間、キツバはその場で楽しそうに笑っていた。片手で目元の涙をぬぐって落ち着きを取り戻すと、彼はどこか申し訳なさそうに話し始めた。

「それに、謝るのは私の方です。お二人が出立する時間だというのに、見送りが私一人だけになってしまって……。ヒペリカは『用事がある!』と言って、朝日が昇る前に出かけたまま帰ってこないんですよ。『列車の時間までには帰るから!』とも言っていたんですけどね……。」キツバが頭を下げ謝罪する。

「キツバ様こそ、お気になさらないでください。」

「しかし……」

——イス国トライアンフ行の列車はもう間もなく出発致します。ご乗車の方は車内でお待ちください。繰り返します……。

 丁度、コーネインが売店で会計を終えた時、出発を告げるアナウンスが駅構内に響き渡った。機関車の駆動音が徐々に大きくなっている。

「そろそろ時間ね……。」コーネインが大量のお土産を一旦地面に置く。「わざわざお見送りに来ていただいて、ありがとうございます。キツバさん。」

 コーネインがキツバに向かってお辞儀をした。キツバはベンチから立ち上がると、姿勢を正しながら二人の葬儀屋に向き直る。彼は深々と頭を下げると晴れやかな笑顔で感謝の言葉を口にした。

「コーネインさん。ベルさん。こちらこそ、遠くから来てくださってありがとうございました。我々だけでは気づけなかった事も多かったです。本当に……、本当にありがとうございました!」

 キツバがコーネインに右手を差し出す。コーネインはその温かい手で応えた。続けてキツバがベルにも右手を差し出す。ベルは白く華奢な手で応じた。

 もう一度互いにお辞儀を交わした後、ベルとコーネインは鞄とお土産を手に持ち客車の入り口へと向かった。

「二等車…の、いち……にい……さん……、ここね。」

 コーネインが大量のお土産を抱えながら一足先に車内へと入って行く。ベルも黒いトランクケースを片手にステップへ足をかけた、その時。

「ベルー!」

 ベルが歩みを止めて、声の主へと振り返る。

「ヒペリカ様?」

 ヒペリカが全身汗まみれになりながら肩で息をしている。ここまで全力で走ってきたのだろう。足をふらつかせながらベルの元へと駆け寄ってくる。

「約束……!」

「約束?」

 ヒペリカは鞄から黒いしおりを取り出した。紅いガーベラの押し花と、白い折り紙を切り抜いて作られた装飾が、黒い栞の上に彩られている。

「押し花で作った栞をあげるって、約束したよね……! だから作ったんだ! ベルの瞳と同じ、紅い色をしたガーベラを使って。何とか間に合って良かった!」

 ヒペリカは栞をベルへと手渡した。彼の指に数か所、小さな包帯が巻かれている。栞がベルの手に収まった事を確認すると、ヒペリカが真剣な表情で話し始めた。

「それと、もう一つだけ、君に伝えたいことがあるんだ。」

 ヒペリカは一度、呼吸を落ち着かせると言葉を続けた。

「僕もベルの様な……いや、ベルさんの様な葬儀屋になりたい! つらいことがあった時に支えてくれる、そんな葬儀屋に! だから頑張るよ! たくさん、たくさん勉強して、いつかベルさんと肩を並べたいんだ!」

 ヒペリカは真っすぐにベルの紅い瞳を見た。駅構内のざわめきの中に沈黙が走る。ベルはヒペリカの碧い瞳を見ながら口を開いた。

「私はヒペリカ様が思うほど立派な人間ではありません。」

 再びの沈黙。ヒペリカが口を開こうとするが、それを遮るようにベルが告げる。

「ですが」

 蒸気の排出音が轟く。車掌がベルの姿を確認しながら再度、アナウンスを構内に響き渡らせていた。ベルは手に持った栞を目の高さまで掲げ、ゆっくりと眺め始める。何度もくるくると回して両面を確認した後、ベルは一言だけヒペリカに告げた。

「ありがとうございます。」

 ベルは踵を返すと、ステップを越え車内へと入る。二等車席の窓際に腰かけると、高らかな汽笛の音と共に列車の車輪がレールの上を歩み始めた。駅の排煙口からは白い煙が天へと舞い上がっている。ベルが車窓から駅のホームを眺めると、ヒペリカとキツバがこちらに向かって大きく手を振っていた。ヒペリカが屈託のない笑みを浮かべながら大きな声で叫んでいる。

「ありがとうベルさん! 本当に、ありがとー!」




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