第七話
下半身が巨大な肉塊に変貌しているアルマが赤褐色の地面に伏している。その姿はシェムの記憶している彼の姿よりも遥かに痩せ細っていた。シェムがふらつく足取りでアルマの元へ駆けつける。血にまみれている彼の上半身を躊躇なく抱き上げた。
「アルマ……? 何でアンタがここに居るの……?」
「…………シェ……ム……?」
アルマはヒューヒューと言う音を漏らしながら息も絶え絶えにシェムの名前を口にした。彼の全身からは血が止めどなく溢れ出ている。シェムは肩を震わせながらアルマを抱きしめると、モニター室に居るアザールへ向かって問いただした。
「……アザール、見てるんでしょ? これはどういう事?」
「御覧の通りです。」アザールは表情一つ変えずに言葉を続ける。「試験前に言いましたよね? 試験が終了した時にすべてが分かる……と。」
「分からないわよ! アルマがこんな化け物になる理由なんて!」
シェムはアルマを抱きしめながらその場で泣き叫んでいる。アザールは一度その場で溜め息を吐くと、教師が出来の悪い生徒に物事を教えるかのようにシェムへと理由を話し始めた。
「AAH-35さんも『Angelos』の負荷に耐えきれなかった。それだけです。」
「……え?」シェムが困惑の表情を見せる。
「AAH-41さん。貴女は自分たちが怪物の餌だと思っていたようですが、それは違います。むしろその逆です。その怪物が貴女たちの餌なんですよ。」
シェムにはアザールの言っている事が理解できなかった。アザールは自分たちをいずれ殺すために自分たちを生かしていたのだと、シェムはそう思い込んでいたのだ。
その場で呆けるシェムを気にも留めず、アザールが淡々と言葉を続ける。
「天使に至る可能性を持つ貴女達を、みすみす怪物の餌にはしませんよ。」
「天使……?」シェムは聖堂に飾られていた天使の絵画を思い出す。
「卒業試験は言うなれば、天使に至るための仕上げです。可能性のある生徒たちに仕上げを施すついでに、失敗作を処分してもらっているだけですよ。ただ、失敗作を処分したところで、すぐに新しい失敗作が生まれてしまうのは難点ですが……。」
「失敗作……。」
シェムは胸に収まっているアルマの下半身を改めて確認した。脳みそが密集したような大きな肉塊から、折れ曲がった翼が伸びている。
「……アンタたちの目的は何?」
「天使——完璧な生命体を造り出すことです。分かりますか?」
「そんなの……。私には何も分からない……。」
アリーナが静寂に包まれる。シェムは絶望に襲われていた。暗く深い絶望に……。だが、その絶望の中に何かが芽生えたことを彼女は実感していた。彼女の心にどす黒い炎が灯る。
「それでも……、やっぱり…、結局、私たちがアンタたちに利用されていただけにすぎなかった事だけは、理解できる。」
シェムは己の唇を噛み占めた。悲しみや困惑が、怒りや憎しみへと徐々に変わっていく。シェムは抱きしめていたアルマをそっと地面に置き、アザールを睨み付けた。その様子を見たアザールが笑みを浮かべる。彼はゆっくりとシェムに問いかけた。
「AAH-41さん。AAH-35さんがそのような姿になっていて悲しいでしょう?」
「……。」
「そうとも知らずにAAH-35さんを討った自分自身が情けないでしょう?」
「……ええ。」
「AAH-35さんの為に何もできない自分自身が悔しいでしょう?」
「ええ。」
「彼をそのような姿にした私のことが、憎いでしょう?」
「ええ……!」
高まる心臓の音と共に、シェムの皮膚が足先から頭に向かって赤く染まってく。首筋を通り顔面も赤く染めると、結膜が黒く染まり瞳孔が赤く輝いた。アザールは抑えきれない興奮を隠すかのようにシェムの変化を見守っている。
「貴女になら、できますよ。今、貴女が望む事を。」
「アザーーーール!!」
シェムがガラスを突き破るかのように咆哮を上げると、黒い羽根が彼女の背中を突き破って無数に溢れ出した。滝のように溢れ出る黒い羽根は地面へと流れだし、シェムの周囲に天使の様な二枚の翼を描き始める。モニター室に鳴り響く警報をよそに、アザールは興奮した様子で叫び始めた。
「良いですよAAH-41! 『Angelos』は人の感情を最大のエネルギー源として発現します! イメージしなさい! 貴女が思い描く、最も強く美しい姿を……!」
「アッ……。」
シェムは糸が切れたかの如くその場にへたり込む。しばらくすると、二枚の巨大な翼が天に浮かび上がった。つられるように彼女の体も宙に浮かび上がると、両目から血の涙が流れ出る。地面に伏すアルマには右腕を伸ばしながら彼女の名前を呼ぶ事しかできなかった。
「シェ……ム……、ダ……メ……。」
黒い翼を持つ真っ赤な天使が、アリーナに舞い上がった。
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