最終話 皇帝
「長駆して敵左翼の後背を叩く」
「正気ですか?」
副校尉が思わず口にした不遜な物言いに、レンリはけちをつけなかった。
ただ、理由を説明する。
「敵歩兵は大軍だ。仮に側面から助けに回っても効果は一時的。だが、敵左翼騎兵を副都騎兵とともに挟撃すれば、敵騎兵を壊滅させた後、歩兵を包囲できる。しかるのちに殲滅する」
レンリの案は蒼騎兵に納得感をもって受け入れられた。
この案はもともとの計画でもある。実行者がサーシャだったはずが、レンリになってしまったところは誤算だが、それ以外は順調でもある。
無事に成功すれば、翼人軍を圧倒できる。
レンリの蒼騎兵たちは敵左翼背後へと進出。
そのまま獣のように襲いかかった。
もともと蒼騎兵は北辺の気性の荒い軍だ。
仲間を殺され、流浪し、鬱憤が溜まっている。正面の友軍・副都騎兵も練度が高い。
挟撃された翼人騎兵はすぐに混乱状態に陥った。
あとは掃滅という言葉がふさわしく、敵を薙ぎ払うのみ。
敵兵は次々と逃亡していく。
だが、翼人の指揮官だけは気骨のある人物だった。
「我こそは翼人王が叔父、天狼将ランリン=ワンヤン。そこの帝国人を討つ!」
ランリンと名乗る大男がこちらへと突進してくる。
王族らしい。彼と彼の部下たちも決死の覚悟で突撃してきた。
レンリは剣を構え、ランリンと向き合う。
馬と馬がすれ違い、レンリの長剣が一閃する。次の瞬間にはランリンの首が落ちていた。
(勝った……!)
だが、そこをランリンの腹心らしい部下が襲う。
レンリは体勢を立て直せない。
(まずい……!)
レンリは一瞬、死を覚悟した。
だが、そこに一本の弓矢が飛び、敵の男の首を射抜いた。
彼は音もなく崩れ落ちる。
弓の射手をレンリが目で探すと、そこには馬上の少女がいた。
青い衣を綺麗にまとい、銀色の髪と銀色の目が美しく輝く。
「サーシャ……! 助かったよ。それにしても、無事だったのか……」
「ご心配をおかけして申し訳ありません、レンリ様」
聞くと、落馬して一時気を失っていたところ、翼人にさらわれそうになったらしい。
目を覚まして抵抗して戻ってきたとのことだった。
「貞操も無事ですので、ご安心を。この戦いが終わったら……レンリ様に捧げるために守っているんですから」
サーシャはふふっと笑い、そして真面目な表情になる。
「決着をつけましょう」
「ああ」
帝国軍歩兵はまだぎりぎり持ちこたえていた。
副都騎兵校尉のショウセイとともに、レンリたちは両翼から翼人軍歩兵を包囲。
そのまま一気に襲いかかった。
敵軍はあっさりと壊滅した。両翼の騎兵を剥がされた段階で勝敗は決していたのだ。
潰走する翼人軍を追い、レンリたちはその本陣へと侵入する。
そこには翼人の王、将軍はいなかった。すでに脱出済みだったのだ。
「くそっ! 取り逃したか!」
ともに突入したショウセイが悪態をついて、冠を叩き落とす。
統率力のあるカラルク・ワンヤンを捕らえられていれば、敵の損害はより大きなものとなっていたはずだ。
だが、いずれにせよ、この敗北でしばらくは翼人の軍は副都へい侵攻しようとはしないだろう。
何より、レンリはカラルク・ワンヤンよりも大事なものをその本営で発見したのだから。
敵軍本営には翼人の慰み者となっていた、帝国人の娼妓たちがいた。もともとは貴族や市民の娘だったのが、強姦され、軍に所属する娼婦に身を落としていたのだ。
彼女たちは置き去りにされたらしい。
ともかく、彼女たちを助け出そうとしたとき、レンリは腰を抜かすほど驚いた。
茶色の長い髪に榛色の美しい瞳。誰が見ても美しく、知性のあふれる印象的な女性だ。
娼婦用の薄布を身にまとっていても、その高貴さは薄れていなかった。
「せ、セレカ……!? 生きていたの……? えっ、ちょっ……」
セレカは何も言わず、レンリに抱きついた。
その温かな身体の感触に、たしかにセレカが生きていると実感した。
セレカは涙を流しながら、ぽかぽかとレンリを手のひらで戦く。
「バカっ、バカバカっ! 助けるの、遅いんだから……」
「ま、まさか翼人たちにひどいことをされたり……」
「私は平気。何もされていないわ。あの翼人の王、捕らえたあなたの目の前で私を犯すなんて息巻いてたけど、できなかったってわけね」
セレカ以外の女性は暴行を受けていたようだが、翼人の王はレンリの前でセレカの純潔を奪うつもりだったので、無事だったらしい。
レンリはほっとする。
「ねえ、レンリ。ありがとね」
セレカは甘えるようにレンリにすがりつく。
色っぽい衣装のせいもあり、レンリはセレカを強烈に女として意識させられた。
レンリはそっとセレカを抱きしめた。
そのこと自体が、セレカが生きていたからこそできることだ。
「助けるのが遅くなってごめん。月並みなことしか言えないけど、生きてて本当に良かったよ。セレカが死んだと思って、俺はもう生きる意味もないんじゃないかって思ってた」
「でも、そうしなかったのはあなたが帝国のために力を尽くそうとしたからでしょう?」
そう。レンリは帝国を守りたかった。
ミランを、サーシャを、アイカを、セレンを、ライラを、そしてリーファを守りたかった。
そして今日、ようやくレンリは自分の役目を果たすことができたと感じた。
これからも翼人とその傀儡政権は帝国の北半を支配し続ける。虐げられている人もまだまだいる。
そして副都の政権を安定させるためには、課題が山積みだ。
それでも今はこの勝利を喜びたい。;
「ところで、レンリ。私、あなたの婚約者よね?」
「もちろん。ようやく結婚が――」
そこまで言いかけて、レンリは困ってしまった。
セレカが死んだと思っていたので、レンリはリーファを娶り、ライラとセレンを側室にしてしまった。
しかも、サーシャとアイカも女としてレンリの側に仕えたいと言っている。
「レンリ様は、リーファ陛下とご結婚されましたよ」
アイカが横から言う。
セレカが愕然とした表情になる。
「な、なんでリーファ様と……!?」
「そ、それには長い事情があって……」
「わ、私、レンリに捨てられちゃうわけ!?」
「そんなことあるわけない!」
「嘘! 信じられないわ! 私より、年下の美少女の方がいいんでしょ……! だいたいレンリは昔から――」
セレカが止まらなさそうだったので、レンリは強制的にその口を止めた。
セレカの唇にレンリの唇を重ねたのだ。セレカは顔を真っ赤にしながら、レンリを受け入れていた。
やがて口づけが終わると、セレカがジト目でレンリを睨む。
「こ、こんなことでごまかされないんだからね!?」
「わかっているよ。セレカ――君には新帝国の尚書令になってほしいんだ」
尚書令は筆頭大臣だ。軍事的脅威が去った今、今度は副都を中心にした帝国の内政を充実させる必要がある。
だが、政治力のある人材はのきなみ死亡して尽きている。
その力を持っているのは、ここではセレカだけだ。
「今度こそ二人で帝国を変えよう」
そう言うと、セレカは感極まった様子で、うなずいた。
そして、ふと気になった様子でレンリに尋ねる。
「あなたはどうするの?」
「俺は――」
レンリはその続きを言わなかった。
史書は次のように伝えている。
南陽の会戦から一ヶ月後。レンリは南陽王に封じられ、官位は元帥・天策上将に進んだ。
それから半年後、レンリはリーファから帝位を譲られる。禅譲により、レンリは新帝国の皇帝として即位したのだ。
リーファはそのまま皇后となる。ライラは貴妃、セレンは淑妃に封じられる。サーシャもレンリの後宮に入り、妊娠し賢妃となった。
アイカはといえば、科挙に合格し、進士となった。だが、早々とレンリの妻となることを望み、彼女も同様にレンリの子どもを15歳で妊娠、徳妃となる。
皇后と四夫人による後宮は諍いもなく順調に発足した。
皇帝となったレンリの下には、北国公・門下侍中ミラン、輔国大将軍ショウセイらが幹部として名を連ねた。
そして、大臣筆頭となったのは尚書令セレカだった。実のところ、この時期に皇帝レンリにもっとも寵愛されていたのは妃たちではなく、彼女だったともいう。
前王朝の帝妃ライラを妾とし、また自らの大臣を密かに愛人としたうえ、リーファの姉妹である皇女や人妻など、レンリは多くの妃や妾を抱え、子を産ませた。
こうした女性関係を後代からレンリは批判されることもある。
もっとも、これは戦争で夫をなくした未亡人や賊に貞操を汚された女性を救ったという側面もあったという。
いずれにせよ、レンリの治世において、帝国は滅亡の瀬戸際から蘇ったことは間違いない。
盗賊は絶え、牢につながれた死刑囚は皆無となり、天下は太平を謳歌した。北国公ミランが起こした反乱を除けば、戦火も一度もなかった。
その帝国は、レンリ、セレカ、そしてリーファが理想として掲げた社会そのものだったという。
レンリの名は帝国史上最高の名君の一人に数えられている。
<あとがき>
これにて本作は完結です……! 帝都奪還編や、リーファvsセレカのヒロイン争いの修羅場など、まだまだ書きたいことはあるので、気が向いたら書くかもです。
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創武のレンリ ~一人の平凡な官僚が皇女殿下を手に入れて、皇帝へと成り上がるまで~ 軽井広💞キミの理想のメイドになる!12\ @karuihiroshi
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