第49話 最後の戦い

 翼人の軍が渡河し、帝国軍中央の歩兵と激突する。

 右翼、左翼はそれぞれ相手も騎兵だ。


 こちら側の歩兵は明らかに押されているが、弓なりに配置した布陣のおかげで敵の前進は遅くなっている。


 他方で、練度の高い副都騎兵は敵と互角の戦いを行い、蒼騎兵は敵よりも優勢である。

 翼人軍は長い遠征で人馬が疲弊していることもあるだろう。


 歩兵が壊滅するより先に敵の両翼を剥ぐ。そのうえで敵本陣を叩き、カラルク・ワンヤン王を捕縛する。

 それが今回の戦術的な目標だった。


 実質的な最高指揮官のレンリは、本営を離れられない。万一リーファが襲われるようなことがあれば、レンリはリーファのみを連れてでも脱出しなければならない。

 

 だが、この戦いに負ければ、帝国の命運は尽きる。

 アイカが祈るように両手を合わせている。そして、レンリを振り返った。


「レンリ様、わたしも前線に出していただけませんか?」


「それはダメだよ」

  

「どうしてですか? わたしの弓の腕はご存知でしょう?」


 アイカは乗馬の腕も弓の腕もかなりのものだ。そのあたりの兵士の2人分は働くだろう。


 だが、アイカほど信頼できる仲間は他にいない。

 彼女にはいざというときリーファを守ってもらう必要がある。


 レンリがそう言うと、アイカは納得した様子で「信頼いただいているんですね」と嬉しそうに微笑んだ。


 それに、とレンリは内心で思う。

 アイカには科挙に受かり、進士となってもらうつもりだ。その暁には、アイカはリーファに仕える側近となるだろう。


 だからこそ、レンリとリーファのそばで見聞を広めてほしい。もっと言えば、レンリは弟子であるアイカを失う可能性に耐えられなかった。前線に出れば、アイカは死ぬかもしれない。


 レンリはもう失いすぎた。師であるシスム、有能な上司アロサン、そして婚約者のセレカ。


 もう誰一人として失いたくない。

 だが――。


「我が軍右翼の蒼騎兵が敵陣を突破。ですが、指揮官、蒼騎校尉サーシャ殿は生死不明です!」


 本営に飛び込んできた伝令の報告に、レンリは思わず立ち上がった。

 

(サーシャが……?)


 自分を頼り、慕い、レンリの側室になる道もあった少女。戦いが終わったら、レンリの子を生んでも良いと言っていた女の子。


 だが、人材不足の副都では彼女に蒼騎兵の指揮を任せざるを得なかった。


「何の情報もないのか?」


「落馬したところを目撃したという情報もありますが――」


「至急探させろ」


 どうか生きて、無事でいてほしい。仮に生きていても翼人の捕虜となったのであれば、サーシャほどの美少女がどのような目に遭わされるかは明白だ。


 レンリはわかっていて、彼女を前線に出した。


(必ず助けてみせる)


 仮にサーシャがすでに死んでいたとしても、その犠牲を無駄にはしない。

 だが、蒼騎兵を指揮する人間が必要だ。


 そして、それができるのはただ一人。

 リーファがレンリにうなずく。


「レンリさん、いえ、副元帥・創武大将軍レンリ。蒼騎兵隊の指揮を命じます」


「ですが、陛下は……」


「忠実な臣下たちがいますから、大丈夫ですよ。アイカさんとか」


 リーファはくすっと笑う。アイカは顔を赤くした。

 本営には歩兵隊の指揮官を含め、十分な人材がいる。


 だが、蒼騎兵を指揮できるのは、かつて蒼騎校尉であり、経験のあるレンリだけだ。


「陛下、次に拝謁する際は、翼人の王の首を持ってまいります」


「ええ、レンリさんなら、わたしにきっと勝利をもたらしてくれます。……って、えっ、ちょ……レンリさん!?」


 レンリはリーファに近づくと、その唇に口づけをし、身体をまさぐった。

 そして、顔を真っ赤にするリーファにレンリはくすりと笑う。


「二人目の子どもも生んでいただかないといけませんね」


「もうっ、レンリさんってば……いきなりびっくりさせるんですから。でも……愛してます。必ず生きて戻ってください」


 レンリはリーファの涙を指でぬぐうと、うなずいた。

 そして、レンリは陣営を出て、青い衣をまとう。

 

 馬に騎乗した。


「行くぞ!」


 レンリにとって、これが最後の戦いになるかもしれない。

 

(いや、生きて戻って、これからも陛下をお守りしなければ……)


 皇帝リーファはレンリの愛する妻でもあるのだから。

 レンリだけが、彼女を幸せにできる。


 レンリは蒼騎兵の部隊と合流した。

 副校尉がレンリに方針を尋ねる。


 敵右翼の騎兵をほぼ壊滅させた蒼騎兵が、取りうる手段は二つ。


 一つは劣勢の自軍歩兵を助けるため、側面から敵歩兵を攻撃する案。

 歩兵が崩れれば敗勢は明確になる。しかも、歩兵の中央にはリーファたちがいるのだから、常識的に考えれば歩兵を救うことが賢明な案だ。


 だが――。

 レンリが取ったのはもう一つの案だった。







<あとがき>

次話で完結です……!

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