第5話 儀式の真相

 翌日、レンリは早朝に起きると、他の村人たちに儀式について尋ねた。

 おおよそアイカの言ったとおりの事実が確認できた。

 

 一年に一度、見目麗しい少女が生贄として儀式に捧げられていること。

 長老、巫女、そして役人たちが儀式を名目に莫大な金を徴収していること。


「去年の神の妻となったのはリンという少女でしてな。器量も良ければ、気立てもよく……。まだ十六だったというのに、可哀想なことをしたものじゃ」


 年老いた老人の一人がそうつぶやいていた。

 

 レンリはリンの容貌を聞き、詳しくそれを書き留めた。

 銀色の髪に銀色の目。

 アイカと同じく異貌の少女だ。


 どうしてこの儀式をやめないのか、とレンリが尋ねると、老人は「河の神の怒りが恐ろしいのです」と答えた。

 青河はたびたび氾濫を起こし、郷に甚大な被害をもたらしているという。

 

 また、老人によれば、県の上級官僚である主簿のガイムという男がこの儀式に関わっているようだった。


 ガイムこそが郷の長老と結託し、この儀式を続けている首謀者らしい。

 無論、ガイムの狙いは儀式の際に徴収される特別税で、それを郷の長老たちとともに私的に流用しているのだろう。


 いずれにせよ、県の役人に攻撃されないためにも、村人たちを納得させるためにも、この儀式が不要のものであることを誰の目にも明らかに証明する必要がある。


 そうすれば、誰も文句を言わず、この儀式を廃止できるはずだ。


 レンリは一時的に里を離れた。


 アイカが犠牲とされる儀式は、三日後に予定されているという。

 それまでにいろいろと用意しなければならない。


 県の役所は別の郷のなかにあった。

 緑服のレンリはひと目見れば官僚とわかる。

 

 下級事務員である「胥吏」が、レンリを出迎えにやってきたので、主簿のガイムに会いたいと告げる。

 胥吏の男は合掌し、主簿は自邸にいるという。


 まだ日は高く、本来であれば執務を行っているはずの時間だ。

 ただ、ガイムは酒浸りで、ほとんど自邸から出ていないと事前に聞いていた。

 なので、ガイムが県の役所にいないことは想定通りだし、そのほうが都合が良い。


 レンリは県の役所からほど近いガイムの屋敷を訪れた。


 そこが主簿のガイムの邸宅だった。

 レンリが家人に案内されてガイムの邸宅に上がり込むと、広間でガイムは酒を飲んでいた。


 ガイムはでっぷりと太った赤ら顔の男で、レンリよりも遥かに年上の中年男性だった。

 貴族でも進士でもなく、胥吏から昇格した土着の人間なのだろう。


 本来、胥吏は流外の官と呼ばれ、官位を持たないが、辺境の地では彼らが昇格して県の正式な官僚となることも多い。

 そうした者たちはその地方の実情に通じているし、叩き上げだから極めて有能な人物もいる。

 反面、縁故のみで出世したものもいるし、視野が狭かったり貪欲であったりという欠点の多い者もいる。


 ガイムはおそらく後者である。

 レンリもあまり他人のことは言えないのだが、ガイムは昼間から酒浸りであり、しかも周りに美女を侍らしていた。


 挨拶も早々にレンリが本題を切り出すと、ガイムは面倒くさそうな顔をした。


「土地の者が土地の神を祀るのは自然なこと。校尉殿は何を気にされるのです?」


 校尉というのはレンリのことだ。

 この北辺の地では、レンリは蒼騎校尉という武官だった。


「しかし、それで罪のない少女たちが犠牲になっているということであれば、これを見逃すのはいかがなものか。ガイム殿はこの点をどう考えている?」


 微妙な差だが、八品官のレンリのほうが九品官のガイムよりも官位は高かった。

 ガイムもレンリのことを邪険には扱えないようで、渋々答えた。


「民心が安定するのであれば、そのぐらいの犠牲は安いものです。知ってのとおり、この土地は翼人の襲撃がたびたびあります。だから、命の値段が安いのです」


「しかし、聖学では……」


「聖学などが何の役にも立ちませんぞ! 我々こそがこの県をうまく治めてきたのです。校尉殿の余計な口出しは無用!」


 ガイムは鼻息荒くそう言った。

 一見すると、ガイムの言っていることにも理はありそうだが、その真意が私腹を肥やすことなのだから救えない。


 もとより、レンリもガイムを説得できるとは思っていない。

 レンリはガイムに仕える女性たちのうち、一人の少女に目を止めた。


(思いのほか、問題は簡単に解決できそうだな……)


 レンリはほくそ笑みそうになるのを押さえ、ガイムの屋敷を辞去した。

 そして、ふたたびこっそりとガイムの屋敷に戻ると、使用人の一人に金を握らせた。


 事態の鍵を握る少女と会うためだ。





 儀式が決行される日となった。

 本来であれば、事前にアイカを助けてあげたいところだが、そうもいかない。

 

 この儀式の場で、すべての秘密を暴く必要があった。


 里の近くの青河のほとりに、数百人もの民衆が集まっている。

 みな儀式を見に来たのだ。


 少女を河に沈めて殺すという儀式の残酷さは、一方では娯楽の少ない庶民にとっては格好の見世物でもある。


 特に河の神の妻に選ばれる少女は美しいから、ひと目見ようという人も多いのだ。

 河岸に天幕が設けられ、そこに郷の長老や巫女たち、各里の里正、県主簿のガイムが腰掛けているのが見えた。

 彼らが不当な金銭を集めている元凶だ。


 そして、高く土を盛り、その上に陶器と上質な布をかぶせることで祭壇が用意されていた。

 そこにアイカは立っていた。

 顔色は蒼白だったが、着飾ったアイカはおそろしく美しかった。


 さすが郷で一番の美少女を選んだというだけのことはある。

 金髪金眼という異彩を放った容貌も、神の妻という神聖な存在であるというにふさわしかった。


 このまま儀式が進めば、やがてアイカは祭壇から河に突き落とされる。


 レンリは静かに進み出た。

 村人たちがレンリを見て、慌ててさっと横へと退き、道を開けた。


 緑服が官僚の証であると知らなくても、レンリの整った身なりを見れば、普通の村民ではないとわかるのだろう。


 そして、主簿のガイムもレンリの姿を認めて、腰を浮かした。


「なぜ校尉殿がここにいる?」


「いや、この郷の儀式が少し風変わりなものだと聞いて、見てみたくなってね」


 ガイムは何か言おうとし、しかし口を閉じた。

 代わりに不審げにレンリの後ろにいる人物を見る。


 その小柄な人物は大きな布を頭からかぶり、まったく人相がわからないように工夫していた。

 レンリは自然に祭壇の上のアイカへと近づく。


 アイカはすがるようにレンリの目を見た。

 レンリもまたアイカの金色の目を見つめ返した。


(大丈夫、君は死なないさ)


 言葉には出せないけれど、安心させるようにアイカにうなずいてみせる。

 そして、レンリは里正を振り返った。


 里正は顔がひきつっていた。

 レンリが数日前に大都督府へと向かっていたと思っていたからだろう。


「これが河の神の妻となる少女か。ああ、先日、屋敷にいた子かな。しかし……」


「な、なにか問題でも? 進士様?」


「少し幼すぎるのではないかな。青河の神も、このように幼い娘を妻として捧げられても困るだろう」


「しかし、より適当な者もいませんで……」


「実はよりふさわしい娘を知っている。器量もよく、気立てもよく、年齢もちょうどよい」


 レンリはとぼけた顔で言った。

 これはただの前振りで、アイカだろうが、別の少女だろうが、誰であれレンリは犠牲にするつもりはなかった。


 里正もガイムも、そして郷の長老たちも、レンリが何を言い出そうとしているのか、まったくわからないようだった。

 レンリは自らに付き従っていた少女から布を剥ぎ取った。


 あっ、とガイムが息を呑む。

 驚いたのは多くの郷の民衆たちも同じだった。


 そこに立っていたのは、生きてはいないはずの人間だった。


「リン……!」


 アイカがつぶやく。

 銀色の髪に銀色の目。


 昨年の河の神の妻。犠牲となったはずの少女、リンがそこにいた。

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