第6話 進士の剣
レンリは声を張り上げた。
「このリンという少女は県主簿ガイムの屋敷にいた。この意味がわかるか?」
見物に来ていた民衆がざわついた。
その反応を見て、しばらくレンリは間をおいた。
そして、言葉を重ねる。
「これは不正の証だ」
そしてレンリはリンに言葉を促した。
リンは進み出て、祈るように胸元に両手を合わせた。
そして、きれいな声で言う。
「去年の儀式で私は神の妻に選ばれました。河に沈められ、その後に引き上げられたんです。そして、郷の長老たちに売られて、主簿のガイムの侍女にさせられました」
この河の流れはあまり速くないから、犠牲の少女の足には重石をつけて、浮かび上がってこないようにしている。
しかし、逆に言えば、その重石をわざと軽いものにし、工夫をすれば引き上げることも可能になるということだ。
もともとこの儀式は、手段の是非はともかく、河の神を祀る純粋な儀式だったのだろう。
だが、やがて役人や腐敗した長老たちが結託し、便利な集金手段に変えてしまった。
そうであるならば、郷で一番と言われるほどの美少女を死なせてしまうような「もったいない」ことをするはずがない。
帝国では人身売買は公式には禁止されている。
が、実際には人間は商品として取引されていたし、それが美しい女性ともなれば高く売りつけられる。
だから、金に汚いという郷の長老たちなら、リンを生かしているのではないかと踏んだのだ。
そして、女色家であるというガイムの屋敷で、首尾よくレンリはリンを見つけることができた。
儀式の不正を暴く方法はいくつか考えていたが、リンが生きていることを示すのがもっともやりやすい手段だった。
「去年、この郷では水害がほぼ起きなかった。しかし、実際には河の神に妻など捧げられていない。ということは……」
近くにいた村人の一人がレンリの言葉の続きを引き取った。
「こんな儀式はいらないってことか」
その声は速やかに周りの村人たちにも広がり、やがて声は人々の大きな怒りの声となった。
みな、儀式のためだといって、不当に重い特別税を課せられていたのだ。
ガイムは顔を赤黒くしていた。
これほど明確な不正を行った以上、ガイムはその役職を追われるだろう。
レンリはすでにガイムの行いを県令に報告していた。
この件以外にもガイムの不正は数多くあった。新しく赴任した県令は若い進士で、いずれガイムを排除するつもりのようだった。
急にガイムが笑い出した。
「このレンリという男、緑服をまとい進士であると称している。しかし、死んでしまえばただの物言わぬ骸である! 殺せ!」
ガイムは剣を抜き、その手下の二人の男もそれに続いた。
そして、ガイムたちはレンリめがけて剣をふりかざした。
「進士様!」
アイカが悲鳴を上げる。
レンリが殺されると思ったのだろう。
だが、レンリは愛用の剣を抜くと、それを一閃させた。
ガイムの剣はあっけなく弾き返され、二人の手下は手から剣を取り落した。
彼らは何が起きたのかわからないようだった。
レンリは彼らをほぼ剣の素人であると看破していた。
「こう見えて、俺は剣の素養がある。……文弱の官ではないということだ」
すでにガイムの手下たちは戦意を失ったようだった。
もともと忠誠心も低いのだろうし、レンリが手練の剣士だと知って怖れたのもあるだろう。
ガイムは眉を釣り上げ、「貴様……!」と叫ぶと、ふたたびレンリめがけて剣を振り回した。
(愚かだな……)
もともと、レンリはガイムを殺すつもりはなかった。
しかし、上位の官であるレンリを害しようとした時点で、ガイムの罪状はより重くなった。
そして、ガイムは何十年にわたって、不正にこの土地の人々を苦しめてきたのだ。
レンリは決断した。
ガイムの拙い剣を避け、レンリはガイムの胸に自らの剣を突き刺した。
泡を吹くガイムを、レンリは鋭く睨んだ。
「ガイム殿はこの地の河の神と親しいのであろう。これ以後、神の妻を用意できないことを、貴殿自身が説明してくるといい!」
レンリはガイムから剣を引き抜き、そしてその巨体を蹴り飛ばした。
彼の身体の後ろにあるのは崖であり、その下には青河が流れている。
ガイムはゆっくりと河へと落ちていった。
やがて大きな水音がした。
ガイムは致命傷を負っていた。
もはや浮かんでくることはないであろう。
この河の神に妻を捧げる儀式は止められたのだ。
アイカは祭壇の上にへなへなと座り込んだ。
さっきまで恐怖に支配されていて、緊張の糸が切れたということだろう。
レンリが近づくと、アイカは潤んだ金色の瞳でレンリを見上げた。
「進士様……ありがとうございました」
これでアイカは河に突き落とされることも、どこかに売り飛ばされる必要もなくなったわけだ。
レンリは微笑んで、優しくアイカの肩を叩いた。
【あとがき】
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